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 懐かしい気持ちに心奪われた聖南は二分ほど沈黙してしまい、見かねたアキラが「セナはどう思う?」と話題を振ってくれる。  誕生日の一夜の余波は、聖南の中ではどうやら去年にも勝るらしい。 『んなの、LINE教えて♡、って言えば済むじゃん』 『それが出来ないからこの子は悩んでるんだよ、セナ』 『あのなぁ、怖がってたらどこにも進めねぇよ。 片想いの期間っつーのは長ければ長いほどツラいだけだぞ? それが実ればラッキーだし、実らなかったらさっさと次にいっちまえる』 『的確っちゃあ的確だけど、そもそもそんな勇気が出ないんじゃないのか? 連絡先も知らねぇのに結論急げねぇだろ』 『好きでいる期間も楽しかったりするしね』 『分かんねぇ! 俺は事を急ぎたくて追いかけ回したってのに』 『あ、あぁ……そうなんだ』 『好きだろ?好きだろ?って洗脳してくのも一つの手だ』 『セナは洗脳したの?』 『どうだろ、半分そんな感じかも』 『セナやめとけ。 またケイタのパソコンが発火危機に陥る』 『ひぇ〜! 早くも熱くなってるよ〜!』  交際宣言以来、こうして度々組まれる恋愛相談のお悩み回答に聖南の体験談を交えると、ケイタのノートパソコンが一時的にかなり重くなる。  メッセージフォームがあるラジオ番組のホームページへのアクセスが集中し、ひどい時はサーバーダウンを引き起こすのだ。  追いかけ回した事も、半ば強引に葉璃の気持ちを攫った事も真実なだけに、聖南はグズグズするよりも行動を起こせと言いたかっただけなのだが、アキラの苦笑とケイタの慌てっぷりを見ると口を閉じた方が良さげである。 『アキラ、総括してアドバイスをどうぞ』 『セナ無茶振り〜!』 『……ん、っと。 そうだな。 まずは職場である程度仲良くなって、連絡先を聞いてみる事からのスタートだ。 積極的に挨拶してみたり、何の仕事か知らねぇけどとにかく職場では明るく振る舞うこと。 男は笑顔に弱いからな』 『おぉぉ……! アキラ超いい回答! セナの意見一つも入ってないけど!』 『俺の洗脳案はどこ行った』 『それはセナだけが使ってりゃいいんだよ』  ブースの外からも笑い声が聞こえた事で、この一件の区切りがついた。  三人はその後もやいのやいのと言い合いながら、あっという間の一時間を過ごす。  ケイタのノートパソコンが無事だったのは、終始アキラが聖南の惚気を止めていたおかげであり、ネットニュースになる事態も避けられた。  「洗脳」発言は危ないかもしれないが、その辺はそもそもの聖南のキャラが騒動を大きくはしないだろう。  今日最後の仕事を終えた聖南は、番組終わりのスタッフとの打ち合わせを済ませ嬉々として控え室の扉を開ける。  ルイにここまで送ってもらえと言い伝えてあるので、可愛いあの子がスマホでCROWNのラジオを聴きながら、深く沈み込むソファに腰掛けている様を思うと本番中もニヤニヤが止まらなかった。  ───しかし。 「お疲れ様です」 「お疲れーっす!」 「おぉ、お疲れ、ハル。 と……ルイ?」 「二人が居るって事は……例の付き人で?」 「お疲れ、葉璃、……ルイ」  両腕を広げてハグ態勢に入ろうとしていた、聖南のニヤけ顔が瞬時に引き攣る。  そこには葉璃だけではなく、当然のように底抜けに明るい様のルイも居た。  アキラとケイタも、ルイが葉璃の代理マネージャーとなった経緯を知っているので複雑な面持ちである。  葉璃へのあたりが強かった場面を見ていた二人は、「葉璃とルイが行動を共にするなんて大丈夫か」と、聖南のそれとは違う心配をしていた。 「車とここで、ラジオ聞いてましたよ〜セナさんお熱いっすねぇ! ハルぴょんなんか、セナさんが彼女さんとの話する度にめちゃくちゃ顔真っ赤にしててなぁ、お前の事やないし!って何回言うたか」 「ハルぴょん!?」 「ハルぴょん!?」 『ハルぴょん、だと!?』  馴れ馴れしくも相当に親しげな呼び名は、三人を絶句させた。  葉璃が聖南の恋人である事を知らないルイが、芸人ばりに突っ込みを入れていた話などどうでもいい。  しかも聖南が居るべき葉璃の隣に、ルイがいつまでも居る事に目眩を覚えた。 「あ、あの……なんか日替わりで俺のあだ名が変わってて……今日は "ハルぴょん" の日らしいです」 「しっくりくるのんを探してる最中やからな、やっぱビビビッときたのがええやん?」 「普通に呼んだらいいじゃないですか!」 「それやと面白くないし。 昨日がハル太、一昨日がハルっペ、今日がハルぴょん。 まだいまいちなんよなぁ」 「明日もまた違うあだ名なんですか……?」 「当たり前やん! もう来週分までのは考えてる」 「えぇ……っ」  アキラとケイタは、飲み掛けだったペットボトルに口を付けながら事態を見守っていた。  どう見ても、葉璃が言い負かされているだけではない。  ルイを見上げて、葉璃も怯まず言い返している。  一見すると仲が良さそうにも見える二人を、聖南が黙って傍観しているのも不自然だった。  だが、聖南と付き合いの長い二人は、彼の無表情の内に潜む嫉妬に気付かないわけもない。 『俺の前で堂々とイチャイチャしてんじゃねぇよ』  散々っぱら葉璃から可愛らしいご奉仕を受け、濃い愛を確かめ合っていなければ、すぐにでも態度や表情に出していたかもしれない。  聖南のぐるぐるは葉璃よりも容易く生まれるようになってしまった。  たとえルイが葉璃にその気がなくとも、葉璃を魅了する才能が彼にあると聖南は知っているからだ。

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