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独り暮らしが長い聖南は、どれだけ仕事が忙しくとも洗濯と掃除だけは自身でこなす。
かつての自宅マンションにハウスキーピングのおばさんを週三で寄越していた父は、聖南のためにと良かれと思って手配してくれていたのかもしれないが、赤の他人が自宅のありとあらゆる場所に触れるという不気味さが聖南には耐え難かった。
唯一くつろげるプライベートな空間が、一気に息の詰まる「他人の手が入った妙な違和感を感じる場所」になってしまい落ち着けない。
潔癖症などでは決してないけれど、聖南はマメだ。
いつの間に掃除したんですか、いつ洗濯してくれたんですか、と度々葉璃に驚かれるほど、多忙な合間にササッとこなしてしまう。
葉璃がこの家に住み始めてからも、聖南のルーティーンは変わらなかった。 むしろ葉璃にデキる男な姿を見せたくて、俄然やる気に満ちている。
実は花嫁修業の一環として洗濯も学んでいたらしい葉璃が、真剣にこの家の洗濯機の使用方法を覚えようと耳を傾ける姿は新妻そのものだった。
ふむふむと頷いてスマホにメモしていく葉璃を、心の底から愛おしく思う。
確かに入居時からここにあるドイツ製のドラム式洗濯機は、日本のそれとは少々扱い方が違うが覚えてしまえば何の事はない。
尽くしてあげたいと日頃から葉璃の手を煩わせないよう努めていた聖南だが、洗濯機と対の乾燥機の使い方まで教えるとようやく葉璃は顔を上げてパタパタとどこかへ行ってしまった。
数分後、衣類をいくつか持って現れた葉璃は、たった今学んだスマホを見つつ操作方法をおさらいしている。
「あぁ、レッスン着洗いたかったのか。 ごめんな」
「なんで聖南さんが謝るんですか! いつもやってもらって悪いなって思ってたから、これからは俺がお洗濯します。 ちゃんと聖南さんお気に入りの柔軟剤の分量も覚えました!」
「これからって、これから?」
「そうです。 料理がダメなら、他で聖南さんのお手伝いしたいんです。 聖南さんに全部やらせちゃうなんて、一緒に住んでる意味無いし……ここに居ていいなら、俺、出来ることを増やしたいです」
水流音がし始めた洗濯機の前で、二人は向かい合って視線を重ねた。
生まれて初めて心底惚れた大好きな人、ましてや六つも歳下の葉璃と付き合っていくからには生涯尽くすと決めていた。
葉璃は居てくれるだけでいい。
心も体も聖南のものだと、一番近くに居てそれを伝えてくれればそれだけでいい。
家族というものを知らない聖南は、一生誰とも添い遂げる事なく孤独のままであろうと、当然のようにそう思っていた。
けれど今、愛するその人が、一人で何でも背負い込む聖南の悪い癖を根本から覆そうとしている。
共に生活するならば、自分にも何か出来る事はないかと葉璃は同棲した日からずっと考えていたのかもしれなかった。
事あるごとに「手伝います」と声を掛けてくれる葉璃に、聖南は「いいから座ってな」と頭を撫でて甘やかしていたが、それは葉璃の遠慮を積み重ねていただけに過ぎなかったのだ。
「あ、あの……すみません、聖南さんお仕事中なのに……型番をネットで調べて使い方見てみようかなって思ったんです。 でもやたらと触りまくって壊しちゃったら大変だし、まず電源ボタンも分からなくて、その……」
「分かった分かった、そんなイジイジしなくて大丈夫だから。 おいで」
「……すみません……」
優しく抱き締めてやると、葉璃は聖南の背中に腕を回して謝ってきた。
謝らなければならないのは聖南の方で、葉璃の耳元で小さく「俺もごめんな」と囁くと首を傾げて見上げてくる。
ついさっき発令された禁止令施行は明日からにしてくれないかと言いそうになったが、やめておいた。
「……じゃあ洗濯は葉璃にお願いしよっかな?」
「…………! はいっ」
「葉璃、洗濯終わるまで起きてられる?」
「もちろん起きてます」
「あのさ、退屈かもしんねぇけどこっちに居てくれない?」
「えっ? ……いいんですか?」
しばらく時間が掛かることを見越し、聖南は葉璃を書斎に連れ込んだ。
パソコンの前に座り心地の良い回転椅子を二脚置くと、そのうちの一つに葉璃を座らせる。
「隣で俺の事見張っててよ」
「見張るって……居眠りしちゃいそうなんですか? コーヒー飲みますか? 紅茶ってカフェイン入ってませんでしたっけ?」
「あはは……! そうじゃねぇよ、意欲の問題。 葉璃が居てくれるならモチベ上がる」
「……そんな…………へへっ」
ふとした時に出てくる天然発言が可愛くて、ほっぺたをぷにっと摘んで頭を撫で、ちゅっと軽めに唇を奪った。
照れ笑いを見せる葉璃に笑顔を向けて、聖南はそっと鍵盤に指を乗せる。
イントロ部分を葉璃に聴かせたくて弾いてみると、「バラードだ…」と小さく呟いた声にそこはかとない自信を持った。
歌唱者であるレイチェルではなく、まだまだ伸びしろのある葉璃の歌声を想像し、この曲のストーリーのイメージを膨らませていく。
思いの外、捗った。
切な系の詞で悩んでいると漏らした聖南に、葉璃が何気なく「バラードは切ない詞じゃないとダメなんですか?」などと、目から鱗のとっておきのアドバイスをくれたおかげだ。
無邪気で卑屈で最高な恋人は、これからどれだけ魅力的に成長しようが公私共に聖南のものだ。
デビューして約二年の現状でこんなにも不安を駆り立てられるとは思わなかったが、同棲を急いで良かったと改めて実感した。
「───あっ、終わった!」
約二時間、葉璃は途中うつろうつろとしながらも聖南の仕事ぶりを眺めていて、いよいよ洗濯機から終了のメロディーが流れるとパチッと瞳を開けて書斎を出て行く。
「聖南さん見て見て! お洗濯成功しました! ふわふわになりましたよ! いい匂い〜っ」
「良かったな」
「はい!」
綺麗になったレッスン着を両腕に抱えて戻ってきた葉璃は、仕上がったほかほかの洗濯物の香りを嗅いでいて、見るからに嬉しそうな顔が衣類に埋もれている。
それをジッと見ていた聖南は、欲情とは違う、新たな別の昂りを葉璃に感じた。
二人の関係性が、ほんの少しずつ変わろうとしていた。
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