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9★6・ネックレスの秘密

 もう間もなく、セナさんがこのホテルに葉璃を迎えに来る。  今夜の葉璃は、セナさんから連絡がくるまでは泊まる気満々で居てくれたんだけど……やっぱりそう簡単にお許しは出なかったみたいだ。  隣県に居るとだけ伝えて来たらしいのに、どういうわけか詳しい住所を聞かないまま早くもこっちに向かっているという。  親友、ましてやユニットの相方と一晩過ごすくらい許してほしいとは、俺は思わなかった。  セナさんが過保護だとも、思わない。  葉璃と付き合っていたら、俺だってセナさんみたいに仕事が終わったら一目散に迎えに来る。  セナさんはヤキモチを焼いて俺と葉璃を一緒に居させたくないんじゃなく、単に葉璃と居たいだけだと分かるからだ。 まさしく今日、陽子さんの誘いを断った俺と同じだ。  ただし、俺にはセナさんの行動力はとても真似出来ない。  約一年かけて葉璃の両親と当たり障りなく接触して、自分が信頼出来る男だという事を印象付け、まだ高校を卒業したばかりの未成年である葉璃との同居(同棲)に持ち込んだ。  表向きは、先輩が後輩の面倒を見るって体で。  そりゃあ葉璃もメロメロになっちゃうよね。  葉璃は頑固なくらい卑屈でネガティブな性格だから、事あるごとに独りでぐるぐると何度も思い悩んで、セナさんから身を引いて騒動を起こしたりもした。  でもその度にセナさんが葉璃をぐるぐるから解放してくれて、今や二人は固い絆と愛で結ばれている。  以前とは比べものにならないくらい、葉璃がほんの少しずつでも前向きになれているのは、他でもないセナさんが真っ直ぐに葉璃を愛してくれている賜物だよ。  俺はそんな二人のイチャイチャしている姿を見るのがとても好き。  ちょっとだけ妬けちゃう時もあるけど、葉璃が幸せそうにほっぺたをピンクにしてセナさんに笑い掛けている姿は、俺まで幸せになってしまうんだ。  冷めてしまったほうじ茶を飲みながら窓の外を眺めていると、葉璃と出会ってからのこれまでが信じられないほどのスピードで目まぐるしく変わった事に気付かされる。  感慨深くて、涙が出そうになった。 「───あ、聖南さんだ。 ……もしもし、もう着いたんですか?」  冷蔵庫の中身やらクローゼットの中で見付けた映画の台本やらを興味津々で見ていた葉璃が、スマホで通話を始めた。  わざわざここまで来てくれた理由を分かち合った今、葉璃を引き留めたい衝動に駆られる。  ほんの三時間くらいだったな。 もうお別れか……。 「えっ、駐車場に居るんですか!? 俺ホテル名言ったっけなぁ……? えーっと、……恭也、ここの部屋番号分かる?」 「ここは、五一五だよ」 「ありがと! 聖南さん、五一五らしいです。 ……うん、うん、はーい」  スマホをポケットにしまう葉璃が、窓際に立つ俺のそばまでやってくる。  ヒナタを遂行するためにエクステを付けるからか、葉璃の髪はいつしか肩まで伸びた。  段を入れてあるからそれこそ女の子っぽくはないんだけど、可愛い。 すごく似合ってる。 「駐車場に、来てるって? ここまで、上がってくるのかな?」 「だと思う。 お客さんに見付かって騒がれたらどうするんだろうね。 ……恭也、帰る前にシャワー浴びていい?」 「えっ? いいけど、また浴びるの?」  セナさんがすぐそこまで来てるなら、帰って浴びたら?と言うまでもなく、葉璃はさっさとバスルームに行ってしまった。  一分後には流水音が聞こえ始める。  昔からいつも葉璃がいい匂いなのは、隙あらばシャワーを浴びてるからだったのか。  なるほど、と新たな葉璃の一面を知って頷いていると、部屋のチャイムが鳴った。   「お疲れー」 「セナさん。 お疲れ様です」 「あれ、葉璃は?」  扉を開けると、グレーのカッターシャツと黒のスラックスという大人な出で立ちのセナさんが、俺に向かって「よっ」と右手を上げた。  中身はもちろん、外見までもとことんイイ男なセナさんは、仕事終わりだというのに疲れた様子が微塵もない。  葉璃を探して狭いシングルルームをキョロキョロしている姿さえ、様になる。  そして今日も、いつもの香水の香りだ。 たまに葉璃からこの香りがするから覚えちゃったよ。 「シャワー、浴びてます」 「そうなんだ。 葉璃ってすぐシャワー浴びたがるよな」 「そうですね。 来る前に浴びたって言ってましたし、ごはん行く前にもここで浴びて、今も浴びてますし……というか、よくここが、分かりましたね」  葉璃がそうしていたように、セナさんもまずは窓の外の騒々しい景色を眺めた。  百八十を超えた俺よりも背が高い後ろ姿を見やり、ポットの蓋を開けてお湯の量を確認する。  足りそうだと判断し、新しいコップを手に取ると、セナさんにはコーヒーバックを見繕った。 「迷わなかったよ。 GPS辿って来たからな。 部屋番までは自信無かったから電話したんだ」 「………………GPS?」  聞き慣れない単語に、お湯を注ぐ手を止めた。  ちょうどいい湯量まではあと少し足りなかったけど、説明を欲した俺は、セナさんが苦笑しながら一人がけソファに腰を下ろす様を視線で追う。 「あっ、やべぇ。 これ葉璃に言うなよ、絶対」 「……どういう事、ですか?」 「口滑らせちまったからしょうがねぇ。 白状すっけど絶対葉璃にバラすなよ? 恭也にだから言うんだぞ?」 「……はい、バラしません」  葉璃には言えない事……? いや、それもそうか。  穏やかではなさそうなセナさんの様子と、「GPS」。  事の次第を知った葉璃のほっぺたがパンパンに膨らんだ顔が、もう目に浮かぶようだ。 「葉璃が付けてるネックレス、知ってるか?」 「あぁ……去年くらいから、ずっと、付けてますね。 セナさんからの、誕生日プレゼントだって嬉しそうで……え、まさか……」 「あれすげぇハイテクGPS発信機なんだよ」 「────!!」  …………あのネックレスは、そういう意味だったの……。  恋人にネックレスを贈る意味は様々あって、「絆を深める」とか「永遠の愛を誓う」とか、すごく情熱的な意味合いがあると女性雑誌の記者さんが言っていた。  葉璃がプレゼントとして受け取ったネックレスも、セナさんからの想いが詰め込まれた素敵な物なんだなって、今の今まで信じていたのに……この裏切られた感はなんだろう。  そうまでして葉璃を繋ぎ止めておきたいセナさんの執着心に、ただただ愕然とした。

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