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9★7・敵わない
葉璃を想ってのプレゼントだとしても、異常な愛情を葉璃に向けている自覚のある俺でさえ引いてしまった。
「セナさん……それはヤバい、です」
「そう。 俺ヤバいんだよ。 葉璃の事が好き過ぎて、ヤバいとこに足突っ込んでんの。 二度と抜けらんない葉璃沼に沈んでる。 こんなの知られたらどうなるか分かんねぇから、今はまだ内緒にしといて」
セナさんも自身のヤバさを自覚していて良かった。 こんな事が葉璃に知られたら、大目玉を食らうに違いない。
束縛も、干渉される事もそれほど嫌がってるようには見えないけれど、こればかりはセナさんの歪んだ愛情だ。
気持ちは分かる。 分かるだけで、理解は出来ない。
「……葉璃には、口が裂けても、言えません」
「だろ? 言うタイミング逃しちゃってさぁ、いつ言えば怒られなくて済むと思う?」
「……どのタイミングでも、怒られると、思います」
「マジかよぉっ。 てか怒るだけならいんだけど、気持ち悪いとか嫌いとか言われたら立ち直れねぇんだけど」
「……言わない方が、懸命です」
セナさんもそうだけど、いきなりとんでもない事を聞かされて道連れにされた俺にまでとばっちりがくるから、出来るだけ言わないでいてほしい。
俺だって「知ってたのに黙ってたの!」なんて、ほっぺたまん丸にした葉璃から怒られたくないよ。
いつでも笑顔で居てほしい葉璃の、目尻を吊り上げて涙目になって激怒する様が容易に想像出来る。
───あ、……それはそれで可愛いかも。
と、簡単に歪んだ愛に同調してしまえる俺もやっぱり変だよね。
これだから近頃、我慢出来ずにいたるところで葉璃を抱きしめちゃうんだ。
「あー……そうだ。 俺、セナさんに謝らないといけない事、あります」
「ん、何? 葉璃に手出してなきゃ俺滅多に怒んないよ」
「手は出してない、と……思います」
「なんだよ。 他は出したのか?」
「いえ……葉璃を、抱き締めました。 何度も。 本番前だけではなく、軽率に抱き締めてしまうのが、癖になってるかもしれません」
すみません、と謝る俺は、セナさんの方を向けなくて気紛れにカップに視線を移し、残りの湯を注ぐ。
滅多に怒らないと言ったセナさんもさすがにキレちゃうだろうと身構えた俺の予想に反し、空気は何一つ変わらなかった。
「…………それはまぁしょうがないんじゃねぇの。 恭也がそれをやっちまうような素振りを、葉璃がしてんだろ」
「……どうなんでしょうか……」
「無意識だからな。 服引っ張って甘えてきたり、あの上目使いでうるうる見上げてきたり」
「あ、……まさにその二点に、俺もやられました」
「だろ。 葉璃はさ、心許してる奴にはかわいーの全開に出してくるじゃん。 自覚持てって言っても無駄なんだよ。 「そんな顔してません、甘えてないです」って平気で言いやがる」
あぁ、……確かにそうかも。
決して気が弱いわけではないけれど、葉璃は以前にも増して心を許した人には遠慮が無くなった。
言いたい事があったら、とりあえずひとしきりぐるぐると悩んでしまうのはもはや癖というか性分だから仕方ない。
その後が問題で、葉璃はぐるぐるが我慢出来なくなったら、ほんの少しだけ言いにくそうに俯いて打ち明けてくる。
それが本当に儚くて、いじらしくて……。
体の線が細くて顔立ちも女の子以上に可愛くて、他人とは一切目を合わさない葉璃がその瞳に俺を捉えた時、すぐにいらぬ欲求が湧く。
───セナさんが居るのに、ごめんね。
そう詫びながら、俺は小さな葉璃をさも愛おしげに抱き締めてしまう。
葉璃が衣装に着替える時、男同士なのについ目をそらして裸を見ないようにしているのは、いつかに見た葉璃の裸が蘇ってくるからだ。
……俺……セナさんの歪んだ愛のプレゼントに引く資格無い。 俺は葉璃に対して性欲というものがないだけで、充分、危ない感情を抱いてる。
いつの間にか葉璃に惑わされている俺も、大概ヤバい気がしてきた。
「……すみません。 これからも、そんな葉璃を抱き締めずには……いられないかもしれない」
「恭也、お前正直過ぎ。 ここで俺がダメって言えるわけねぇだろ。 葉璃には絶対嫌われたくねぇし、恭也の事は信用してんだ。 二人の関係も理解してるつもりだしな。 ……いいよ、ハグくらい。 これから何回ハグしようが、別に俺に謝んなくていい」
恐ろしいほどの独占欲を持つセナさんだけど、妙なところで寛大だ。
俺が葉璃を恋愛対象として見てはいないと信じてくれているセナさんの信頼は、絶対に裏切れない。
ただそのかわり、お許しが出たからには好きなだけ抱き締めてさせてもらうけどね。
「───あっ、聖南さん! おかえりなさい! なになに? 二人で何話してたの?」
ちょうど話に一区切りついたところで、さっぱりしたぁ、と言いながら頬を赤らめた葉璃がバスルームから出て来た。
「葉璃っ! おいで!」
「わわわわっ……! 痛いですよっ」
「葉璃ーっ、会いたかった。 すげぇ会いたかった」
「痛い痛い痛い痛い!」
ソファから立ち上がって両腕を広げたセナさんは、「おいで」と言っておきながら自分から近付いて行って、軽々と葉璃を抱き上げた。
そしてその並外れた腕力で、華奢な体を折らんばかりに抱き締めている。
こういうところを見ると、つくづくセナさんは葉璃にぴったりな恋人だと思った。
これだけ愛情表現がストレートだったら、葉璃がぐるぐるする隙も与えない。 強くなるばかりの想いをどうにか伝えたいと、全身で葉璃への愛をぶつけている。
「まーた髪乾かしてねぇの」
「だって聖南さんと恭也の声したから……急いで体拭いて出て来たんです」
「俺に会いたかった?」
「…………はい……」
「ん〜〜♡ かわいー! 好きっ、葉璃ちゃん好きっ」
「せ、聖南さん、恭也の前ですよ!」
一気に二人だけの世界になった様を傍観していると、葉璃に気を使われた。
でも心配しないでほしい。 葉璃が幸せなら、俺も幸せなんだよ。
ただやっぱり、ほんの少しだけ、……妬けた。
次の収録の時、俺もあれやりたい。 抱き上げてぎゅってするスキンシップ。
俺は、セナさんに渡すタイミングを逃したコーヒーを持ったまま、熱々カップルのそばで立ち竦んだ。
ヤバい願望を抱いて明日への活力にした俺は、人の事は言えないと自分で自分を叱咤し苦笑した。
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