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9★8・驚くべき知らせ

 それは、三日後にETOILEがデビューして一周年を迎える七月中旬の木曜日の事だった。  二人揃ってのバラエティーの収録を終えて、俺も葉璃もこの仕事が終われば帰宅できると気が抜けていた矢先、支度をしていた俺達に林さんがいきなり「事務所に寄るね」と告げてきた。  今日はルイさんが居ない。  葉璃を局に送ったあと、用事があるとかで軽口も叩かずそそくさと帰って行ったから、俺は葉璃と二人きりになれて嬉しい……なんて呑気に思っていた。  ところが林さんに連れられて事務所に到着するや、十日後に迫った特番練習だと予想していたレッスンスタジオではなく、俺達は訳も分からないまま社長室に通された。  そして、思わぬ台詞を聞く事になる。 「………………え? もう、ですか?」  ソファに腰掛けたと同時に大塚社長の口から飛び出したのは、「新メンバー候補が決定した」という驚くべき内容だった。  最初は耳を疑った。  新メンバーって、何の? 候補が決定した?  俺は、社長の言っている意味がすぐには理解出来なかった。 「そうだ。 ハルも恭也も年末にはそれぞれの仕事が一段落つくだろう。 少しずつ候補者を絞り込み、年明けから五人揃ってのレッスンを開始してもらう。 スケジュールを調整して、二人にはそちらを主として動いてほしい。 デビュー三年目の日付けに合わせて新生ETOILEのお披露目を行う予定だ」 「………………」 「………………」  ……あ、あぁ……そういう事か。 俺達ETOILEの最終形態は、五人組ダンスユニット……だっけ。  五人揃って初めて【ETOILE】=星になる、と社長が意気揚々とユニット名の由来と意味を教えてくれたのが昨日の事のように蘇る。  そうだ。 あの時、三年後には新メンバーを加入させるって言ってたな。  でも……もう候補が決まったの? 早くない?  俺達は ″まだ″ 一年目なんだよ。  二人の間では ″もう″ だけど、それは主観と客観の相違でそれぞれの捉え方や意識はまるで違う。  まだ一年目なのに、たくさん仕事をする機会を与えてもらってありがたいと思う反面、根暗な俺達は「もう一年が経つのにこんな仕事しか出来ないのか」と周囲に思われてやしないか、毎度現場に行く度に後ろ向きになる。  葉璃がよく言っていた「眩しい世界」という表現はとてもよく当てはまっていて、その場所が俺達の生きる道だという意志は実はまだそれほど根付いていない。  自身の成長を感じるなんて大層な事が分からない俺達は、ついこの間その点でも共鳴した。  俺達は成長途中なんだよ。  そう言って二人で励まし合ったばかりなのに、新たに新メンバーを迎えるなんて余裕が俺にあるかと問われたらノーだ。  あまり驚いた様子のない葉璃を尻目に、俺は「早くないですか」というテレパシーと共に社長を凝視した。  何がどうあってもこれは覆らない、とすぐに視線で返事が返ってくる。 ……すでに候補が決まっていて、それに伴って大人達が動き始めている以上はその決定に従う他無い。 「───それで、今日は何を……?」 「あぁ、そうだった。 今日は候補者のプロフィールの資料と映像を観てもらおうと思ってな。 ここから候補者を三人に絞るわけだが、オーディションは夏の音楽特番が終わってからになる」 「………………」 「………………」  社長はそう言うと、デスクの上のUSBメモリを林さんに手渡した。  はじめから同席を求められていた林さんは理解が早く、冷静に受け取る。 時期は不明にしろ、近々この日が来るという事を言い伝えられていたのかもしれない。  候補者の資料と映像があると聞かされると、急に現実味を帯びてきた。  二ヶ月連続で大きな箱(ドームやアリーナ)での生放送特番が控えているETOILEは、確かに今はオーディションどころじゃないんだけど……本当に年内にすべてが決まるんだと思うと複雑な気持ちでいっぱいだった。 「特番二番組ともにETOILEのお呼びがかかって何よりだ。 お前達の頑張りが着実に実を結んでいるぞ」 「……頑張り……。 ほんとですか……?」  新メンバー云々については少しも驚いてなかった葉璃が、不安そうに大塚社長を見た。  やっぱり葉璃も戸惑ってるんだ。  俺だけが複雑な気持ちを抱いてるわけじゃないと知って、無性に葉璃を抱き締めたい衝動に駆られる。  そんな事を思っていると、右隣からシャツを引っ張られた感触がした。  瞳を揺らした葉璃の男っぽくない手のひらが、その心情を表すかのように俺の脇腹辺りをキュッと掴んでいる。  ───可愛い。 可愛いしかない。 「もちろん。 事務所のプッシュとCROWNのバーターで一年目二年目は程々で過ごすだろう、その洗礼があってのこれからだと予想していたが、とんでもない。 デビューから半年で二本もレギュラーを持てたのは確実に二人の実力だ。 立派にETOILEの基盤を作ってくれている」 「…………バーター?」 「セナさん達CROWNが出演した番組に、新人をよろしくお願いしますってスタッフに掛け合ってETOILEも出演させてもらう事だよ。 抱き合わせでね」 「抱き合わせ……」  首を傾げた葉璃に、向かいのソファに腰掛けた林さんが答えてあげた。  シャツを引っ張る力が強くなって、心配になった俺は葉璃の表情を窺うも無表情で社長を見詰めている。  俺よりも人見知りが激しい葉璃の事だ。  分かっていた事とはいえ、新メンバーが三人も入ると聞かされれば狼狽えないはずが無かった。  あまり驚いていない様子から、葉璃は恐らくこの話を知っていたんだと思う。  だからこそ悩んだんだ。  「頑張ろうと思う」といきなり俺に宣言してきたのも、このままじゃダメだって葉璃が意識を変えたから。  対して俺は、新メンバーを迎える余裕はないという紛れもない本音の他に、思う事がある。  ───俺と葉璃……二人だけで歌えるのもあとわずかなんだ。  独り占め出来なくなる。  好きに葉璃を構えなくなる。  抱き締めるのも隠れてやらなきゃならない。  俺達の絆を強固にしたETOILEが、……他の人にとっても意味のあるものになってしまう。  俺達だけのETOILEが……。

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