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10♡緊急任務

── 葉璃 ──  恭也とのダンスのシンクロ率が、過去最高になってきてる。  撮影で忙しい恭也とは、月にニ、三回しか練習日が被らない。 それなのに鏡越しにお互いの動きを確認する必要もないほど揃うようになっていて、細かな振りやステップも息がピッタリで講師の先生から太鼓判を貰えた。  デビュー曲の「silent」なんて特に、一年越しでようやく自分達の曲だって噛み締める事が出来た。  それはダンスに関してもそうだけど、 ″歌″ としても、だ。  片思いを軸にした詞の創作秘話みたいなものは詳しく聞いた事がないけど、聖南はいつもその手の質問がきたらメディアでこう言ってる。 『みんな片思いしてる時が一番恋してる実感を持ってんのかも。 切ないだけじゃない。 好きな人に振り向いてもらうためにはどうしたらいいかを考える時間が、恋だよな』  ……なんて、かっこいい事を語る聖南はその時、すっかりプロデューサーさんの顔付きで一切ふざけないんだって。  俺には深過ぎてよく分からないけど、聖南は今回のレイチェルさんへのバラード曲提供にも毎夜寝る間を削って創作に励んでる。  今月いっぱいで仕上げると約束したらしくて、俺達は朝晩少し話す程度で、あとは書斎にこもりっきりの聖南とはもう一週間近く一緒に寝てない。  ついこの間も、ETOILEの一周年をお祝いしてくれて嬉しかったのも束の間、その後すぐにアキラさんとケイタさんと一緒にスタジオを出て行ってからしばらく戻って来なかった。  電話が終わったあと、成田さんがケイタさんにヒソヒソ話をしてたから、ケイタさんに関係がある事なのは間違いないんだけど。  それを聞くのも躊躇うくらい、聖南は忙しい。  自分の事を何でもやっちゃう聖南は俺が居ない間に掃除とか片付けとか済ませてあって、俺に出来る唯一は洗濯だから帰宅したら俺はバスルームに居る事が多い。  そうこうしていると、「葉璃ちゃん頑張ってくるー」と言って聖南は書斎にひきこもっちゃうんだ。  俺が眠ってからベッドにきて、朝起きたらもう居ない。  添い寝はおろか(俺が寝てる時はノーカンだ)、エッチも一週間してないんだよ。  そろそろ聖南がほんとに爆発しちゃうんじゃないの。  ───いや、それを言うなら正直言うと俺も欲求不満だ。  聖南にヨシヨシしてもらえてないし、後ろからギュッもされてないし、いっぱい甘やかされてないし、聖南から甘えられてもない。  すぐそこに聖南は居るのに、立ち入っちゃいけない忙しないオーラが書斎の扉から漏れ出てきてるから、洗濯を終えた俺は大人しくベッドに横になるしかない。  ……寂しい。 すごく寂しい。 どうにかなっちゃいそう……。  曲が仕上がるまで、まだあと十日以上も聖南とこんな生活しなきゃならないと思うと、心細くて、寂しくて、……泣いちゃいそうだよ。 「聖南さん……」 「ん、どした? 葉璃」  俺は無意識に、開けちゃダメって自分に言い聞かせていたはずの書斎の扉を開けていた。  俺の声に、眼鏡をかけた聖南が振り返る。  あー……カッコいいなぁ……。 綺麗だなぁ……もっと近付きたい……。  少しだけ薄暗いライトの下、いつの間にか三台に増えてるディスプレイの前の聖南が、ゆっくり立ち上がる。  近付きたいと思った俺の声が聞こえたのかな。  それとも都合よくそう見えてるだけ?  迫る聖南があんまりにも雄々しくて素敵で、何だか朦朧としてきた。 「……聖南さん、……今日も寝ないんですか?」 「そうだな。 あと二、三時間くらいやってると思う」 「……そうですか、…………お邪魔しました」  そうだよね、……仕事だもんね……。  俺、聖南に構ってほしいあまりに夢遊病者みたいにここまで来て、何を期待してたんだろ。  何故か手に持っていた聖南の枕を両手に抱いて、いそいそと書斎を出る。 「ちょちょちょちょっ、葉璃! 待ってよ、どしたの」 「いえ、なんでもないです。 おやすみなさい」  追い掛けてきた聖南に肩を掴まれて振り返ると、瞳を覗き込まれてドキドキした。  ……いつになったら見慣れるのかな。  屈んだ動作でふわっと聖南の香水の匂いがして、また朦朧とする。  抱きついてしまいたいけど、ダメ。 いま枕持ってるから両手塞がってる。 しかも抱きついたら最後だよ。 『聖南さん寂しい。 全然構ってくれないなんて冷たい。 寂しい。 寂しい。 仕事なんて後にして、俺の事ギュってして。 俺が寂しい思いしてるよ。 いいの? 俺、寂しいよ』  こんな恥ずかしい事をスラスラ言えちゃう自信がある。 「はるー? 何か話あったんじゃないの?」 「ないです、ほんとに。 ……すみません。 お邪魔しちゃって」 「───あ、分かった」 「え、? 分かったって……」 「しばらく添い寝出来てないから寂しかったんだろ」 「えっ! え、あっ……いや、そんな事は……っ」 「俺の枕持ってくるなんてかわいーんだけど」 「あ、あのっ、これは……!」  朦朧としていた脳が、一気に覚醒した。  なんでバレたんだろ……っ。 あ、この枕っ?  何もかも分かったぞ、と言うが如く、優しく微笑んだ聖南は着ていたシャツを脱ぎながらバスルームへと向かった。  引き締まった広い背中を見詰めていた俺は、期待していた添い寝の到来に胸が弾む。  でも、声にも表情にも出せなかった。 なぜなら俺は「いつの間にか」ここに居たからだ。 「今日の仕事はおしまいにする。 シャワー浴びてくるからベッドでいい子に待ってろ」 「あ、っ? 聖南さんっ」  書斎の電気消しといて、と言ってほんとにシャワーを浴び始めた聖南は、俺の心をまるっと読んだ。  すごい。 枕持ってただけで何で分かるの?  俺が寂しいって思ってた事も、添い寝してほしいと思ってた事も、何で分かったの?  電源が入りっぱなしのパソコンはそのままにして、書斎の灯りを消した俺はトボトボとベッドルームに戻った。  握り締めていた聖南の枕を定位置に置いて、ぽんぽんと軽く叩いて空気を入れる。 「邪魔しないって自分で言ったくせに……」  俺が甘えたら、聖南はこうなるって分かってたじゃん……。  だから今日まで邪魔しないで我慢してたんだ、俺は。  息詰まってそうな仕事を、聖南の今後の糧にしてほしくて「頑張ってね」と尻を叩いたのも俺だ。  聖南が音を上げる前に、俺が爆発してどうするの……。

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