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聖南に打ち明けて良かった。
あの後も、ご飯を食べながらやシャワーでイチャイチャしながらの合間、本気なのか冗談なのか分からないテンションで俺のネガティブを払拭させるようなことばかり言ってくれていた。
『葉璃はなんでも出来ちゃうからなぁ』
『おまけに可愛くて綺麗だしなぁ』
『愛され体質のうさぎちゃんだから妬まれるんだろうなぁ』
『そんなの気にしてっと、毒でしかない黒ーい煙の中に閉じ込められちまうよ?』
『ま、その煙なんざ俺の一息で吹き飛ばせんだけどな』
『この世界でその手の嫉妬されるって、実力がある証拠じゃん』
八重歯を見せて、ヤンチャに微笑んでくれた聖南のポジティブさを前にすると、ぐるぐるしてるのが馬鹿らしくなった。
明日は怒涛の三つの出番を控えた俺に、聖南は禁欲を誓って寝かし付けてくれたんだけど、……。
『葉璃には俺が居る。 何も心配しなくていい。 傷付く前に、俺に言うんだ。 支え合わなきゃなんだからな、俺達は』
いつものように俺を後ろから抱き締めて、簡単には解けないくらい足を絡ませて、ぎゅっと腕に力を込めてきた聖南の温かさがすごく照れくさかった。
───なんだか、ずっとドキドキしてた。
いとも簡単に俺のぐるぐるを解消してくれた事も、俺の話に真剣に耳を傾けてくれた事も、先輩として立ち振る舞った正義感たっぷりな経緯も、何もかもにドキドキした。
こんなに素敵な人が俺の恋人なんて、やっぱり勿体無い。 ……だからって誰にもあげないけど。
もう本当に、誰にもあげられないけど。
「───よっしゃ、いよいよ本番だ。 葉璃、今の気持ちは?」
黒のスーツに身を包んだ聖南が、少し中性的なデザインの真っ赤なスーツを着た俺の肩を、遠慮なしにグイっと抱いてくる。
緊張のあまり頭の中が昨日の夜に飛んでいってた俺は、アキラさんとケイタさん、そして恭也をゆっくりと見回した。
アキラさんは深紅、ケイタさんは小紫色のスーツを着ていて、恭也は俺とお揃いのデザインの紺色のスーツ姿だ。
みんなヘアメイクもバッチリで、漏れ聞こえてくる歓声が遠くに聞こえる今、嫌でも間もなく本番だという事を知らしめられる。
「き、気持ち、ですか……? 帰りたい、です……帰らないですけど、帰りたいです。 がんばらなきゃ……あ、ぅぅぅ……っ、やっぱ帰りたい……。 だって見てくださいよ、お客さんがあんなに……っ! 俺なんかが霧山さんの代わりなんて、ステージに立ったらブーイングが起きるかもしれない……! ケイタさんっ、そのときは遠慮なく、俺のことステージから突き落としてください!」
俺は震える指で楽屋に設置されたテレビを指し、ネガティブを全開にした。
二部のCROWNの出番まで借りる事になったこの楽屋は、そんなに広くない。
だからこんな、高身長のキラキラした男が四人も居たら手狭でしょうがないはずなんだけど、みんな構わず俺を取り囲んでくる。
放っといたら俺は出番直前まで楽屋の隅っこでいじいじするから、みんなでそれを阻止してるって感じだ。
「あははは……っ、ハル君のあがり症とネガティブは健在だね。 ブーイングなんて絶対に起きないし、俺は何があってもハル君を突き落としたりしないよ」
「大丈夫だ、ハル。 ケイタとハルは俺達のすぐ後の出番だから、袖でしっかり見といてやる」
「……ケイタさん、アキラさん……」
「葉璃、ついさっきまでみっちり練習してたんだ。 葉璃ならやれる。 始まっちまえばいつものスイッチが入るから心配するな」
「……聖南さん……」
うん、……うん。 そう、だよね……。
半端ではないプレッシャーは感じてるけど、ケイタさんと披露する "あなたへ" は、ぜんぶ頭と体に叩き込めた……と、思う。
ここへ来るギリギリまで、俺は一人で事務所に居て練習していた。
ケイタさんが来てからもたくさん通し練習をして、二人ともCROWNとETOILEのリハ時間を削って取り組んでいたし、不安はそんなに無い。
ただ本番が近付いてくると、いつもの事ながらどうしようもなく上がってしまう。
よくない事ばっかりが頭に浮かんで、やっぱり俺じゃ不相応だよ……と手汗を滲ませて逃げたくなってしまう。
テレビ画面では二番手の女性アーティストさんが、広過ぎる会場を沸かせていた。
あそこに自分が立つなんて、考えられない。 ……これが俺の仕事で、今日が初舞台というわけでもないのに「本番」のプレッシャーが呼吸を浅くさせる。
「CROWNさん、袖待機お願いします!」
「はいはーい」
手放しで労ってくれるCROWNの三人が舞台袖に呼ばれて、続けて出演しなきゃならない俺も頭から湯気を出しながら恭也に支えられてついて行った。
CMの最中、聖南達はスタッフさんに促されて、司会を務める女性アナウンサーさんの隣に並んだ。
と同時に、ドーム内が揺れるほどの歓声が上がり、舞台袖からそのどよめきを聞いていた俺は思わず目を回しかけた。
……う、うわぁ……すごい人だ。
色鮮やかなサイリュームの光がいくつもいくつも覗き見えて、CROWNの登場に熱狂した観客のボルテージが一気に上がったのが分かる。
CROWNの歌唱後すぐに出番となる俺は、心配でついて来てくれた恭也にまだ背中を支えてもらっていて、今にも気を失いそうなくらい心拍数が上がっていた。
「葉璃、大丈夫?」
「………………」
「聞こえてない、か。 よしよし。 よしよし」
背中を撫でてくれる恭也にも、まともに返答できない。
俺の出番は約十分後だ。 頼みの綱のスイッチがちゃんと入るのかも疑わしいくらい、喉が締まってる。
こんなに大きな会場のステージに立つのは、去年CROWNのツアーに同行した時以来だ。
リハーサルの時とは比べものにならない緊張感と、観客席に散らばった無数の光。
舞台袖から、ステージ中央に立つ輝ける三本のスタンドマイクを見ていた俺の顔は、きっとアイドルとは程遠いものだったに違いない。
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