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 悔しくて今にも泣いてしまいそうだった俺の腕を、突然大きな手のひらからむんずと掴まれて足止めを食らう。  誰!?とギョッとする間もなく、その正体はすぐに判明した。 「やっば! ヒナタちゃんや! 俺! 俺のこと覚えてる!?」 「…………っっ」 「うーわぁー、ヒナタちゃんと会えんかな思てちょっと早めにこっち来て正解やったわ! こんなとこでどないしたん? もうすぐ出番やないの? てかこれもしかして……運命やないかっ?」  ル、ルイさんだ……!  二部のCROWNの出番までホテル待機だったはずのルイさんは、聞いてもないのになぜここに居るのかを自ら語った。  咄嗟に声を殺した俺は、念願のヒナタに会えて嬉々としているルイさんを呆然と見上げる。  出番はまだ先なのに、ストーカーに拍車の掛かったルイさんはちっとも悪びれずに "ヒナタ" の腕を掴んだままだ。 「あ、ヒナタ! スタイリストさんも衣装知らないって! もう……っ、きっとあの子達だよ!」 「………………っ!」  息を切らして戻って来たミナミさんが、俺を見つけて駆け寄ってくる。  心当たりのあり過ぎる犯人を思い浮かべ、苦虫を噛み潰すような表情で俺の隣に居るルイさんを見た。 「あっ? あなたはCROWNのバックダンサーの……!」 「なんや、どうしたんや」 「………………」  ここに居るはずのないルイさんの姿に驚くミナミさんと、ミナミさんの剣幕を訝しむルイさん二人の反応が似たり寄ったりだった。  俺が押し黙っている事で、ミナミさんはすぐに「ルイさんにはバレてはいけない」と悟ってくれたらしい。  それを裏付けるように、視線で合図を送ってくれた。 「俺はルイって言うんやけど。 なに、ヒナタちゃんの衣装が無いんか? そっちの君は着替えてるけど、ヒナタちゃんは着替えてないもんな」 「それが……、内輪の話で恥ずかしいんですけど、ヒナタの衣装が無くなっちゃって……」 「……どういう事?」  とてつもない緊急事態のため、ミナミさんは背に腹は替えられないと思ったのかルイさんに掻い摘んで事情を説明した。   "ヒナタ" の正体は明かさず、Lilyのメンバー達が現状に不満を覚えている事と、ピンチヒッターとなった俺をやっかんで標的にされている事、本番の衣装がなくなってしまったのも一部のメンバーのせいではないかという憶測まで、物凄く簡潔に。  本番まであと何分なんだろう。  こんな事してる場合じゃないのに、ルイさんは解放してくれる気配がない。 それどころか、掴まれた腕にみるみる力が込められていく。 「……っなんやそれ! なんやそれ! 小憎たらしいやっちゃな! 待っとれ! 俺がガツンと言うたるわ!」 「えっ!? ルイさん……っ!」 「………………!!」  話を聞いたルイさんは、行き交うスタッフさんが思わず振り返るほどの大声を上げて、ようやく手を離してくれた。  ふぅ、痛かった……って、いや、安心してる場合じゃない。  怒り狂ったルイさんがくるりと回れ右して、のしのしとLilyの楽屋の方へ向かって行く。  背が高いからか、ルイさんは早歩きでも俺とミナミさんは小走りしなきゃ追い付けなかった。 「ヒナタちゃんの衣装どこやったんや!」  女の子の楽屋にノックも無しに、バンッと勢い良く扉を開けたルイさんの怒声が廊下にまで響き渡る。  追い掛けたのに間に合わなかった。  あんなに簡単な状況説明だけで、ヒナタに入れ上げているルイさんの怒りが頂点に達している。  突然開かれた扉と怒声に、メンバー達の視線が一斉にルイさんに注がれた。 「え、は?」 「誰?」 「あっ、あの人ほら、こないだの収録でヒナタと、……」 「うるっさいわ! ゴチャゴチャ言うてんとさっさと衣装出しぃや! もうすぐ本番やんけ! 今時小学生でもそんなイジメする奴おらんぞ! アホちゃうか!」 「うるさいのはあんたの方でしょ」 「男子禁制の楽屋なんですけどー」 「それ言っちゃうとヒナタもダメになっちゃうじゃん」 「あはは……っ」  マズイっ。 そんな事言ったらルイさんに正体バレちゃうよ!  俺はルイさんから少し離れた位置でヒヤヒヤしていた。 そっと横顔を盗み見ると、その点については引っかかっていないようで安心する。  むしろそんな小さな疑問点なんかどうでもいいって感じだ。  ルイさんの怒りを止めようにも、一刻も早く衣装を返してもらう方が先決だと思った俺は、どのみち声が出せないし、ちょっとだけ彼に近付いて事態を見守る事にした。 「……呑気に笑ろてるうちが花や。 俺そうそう怒らんのやぞ。 その俺がブチギレてる。 ええんか、お前らの出番自体なくしてもうて」 「………………っ」 「じゃあこっちも言わせてもらうわよ!」 「私らはもうLilyがどうなってもいいのよ!」 「そもそもLilyに穴空けたメンバーの責任を、私達が全部被ってる事が許せないの!」 「ヒナタみたいなピンチヒッターも要らなかったし!」 「私達なにも悪いことしてないのに、いくつ爆弾抱えたらいいのよ!」 「もううんざりなんだよ! Lilyも、事務所も!」 「………………」  ───ついに吐露した、彼女達の本音。  リカをはじめとする取り巻きの三人がヒートアップし、口々に声を荒げたのを黙って聞いていたルイさんは、静かにその場で腕を組んだ。  リカとルイさんが、睨み合う。  傍で聞いていたミナミさんも唖然としていて、巻き込まれている比較的おとなしいメンバーの子達も下を向いて居づらそうにしていた。  ……だからって、……していい事と悪い事があるよ。  なんで、よりによって今日なの。  レッスン中にイライラをぶつけるよりも、本番でこんな悪事を働く方が何十倍も何百倍もかっこ悪い事なのに。  どうしてそこまで不満を溜め込んじゃったんだよ。  Lilyのリーダーであるミナミさんにも強くあたって困らせて、内々だけでストレスを募らせても何も解決しないのに───。 「───何があったか知らんけどやな。 お前らが抱えてる不満て事務所にちゃんと言うたんか?」 「………………」 「言えるはずないじゃない!」 「なんでや」 「なんでって……」 「Lilyなんてどうでもええんやろ? じゃあ言うてもうたら? そんで解散したらええやん。 何をチマチマ下衆い事しとるん。 ヒナタの衣装隠してどうする気やったん? 一人欠けた状態で、しかもお前らがそんな厳つい顔しててステージ上がれるはずないやん、この世界甘く見るなや。 こんなドデカイ会場でLilyが粗相してもうたらどうなるか、そこまで考えたんか?」 「………………」 「………………」 「………………」  息巻いた彼女達の言葉を聞いたルイさんの怒りが、いつの間にか鎮まっている。  穏やかな声色に、ついつい彼の横顔を見上げた俺は、ルイさんと初めて会った日の事を思い出していた。

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