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 葉璃の謝罪の意味が分からない聖南は、自殺行為と知りながら「ん?」と最終兵器の瞳を覗き込む。 「いえ、あ、……あの……聖南さんに、頭を下げさせてしまって、俺……」  顎を取っているので俯けない葉璃は、視線を泳がせて体を小さく震わせた。  ここがテレビ局であれば、いくつも空いている予備の楽屋に連れ込めるのだが……ここはビッチリと演者達で埋まっている。  あまり長く密着してはいられない上に込み入った話も出来ず、何より赤く色付いた唇にキスが出来ない。  聖南の衣装をきゅっと掴み、弱々しく見上げてくる葉璃には端的な言葉で安心させてやるしかなかった。 「あれは俺がやるべき事だと思ったから謝っただけ。 葉璃が気に病まなくていい。 CROWNの出番が終わったらすぐに出発するから、荷物とかまとめといて」 「ほ、ほんとに行くんですか……っ?」 「葉璃の悪いようにはしない。 大丈夫だ。 絶対にキレないって約束する」 「………………」 「なんだよ、信用してねぇな」 「いや信用してないわけじゃないです。 ……あ、あの、……あとでお話しましょう。 ここだと人目が……」 「あぁ、そうだな。 楽屋にはルイが居るからあんま葉璃に触れねぇ。 我慢してな?」 「それは聖南さんでしょっ」 「間違いねぇ」  ふふ、と笑う葉璃を聖南の囲いから解放してやると、出番終わりの震えはいつしか消えているように見えた。  我慢出来なかったのは言い出しっぺの聖南の方で、楽屋でイチャつけないからとスタッフの往来激しいこんな場所で葉璃の腰を抱いた。  頬を濃いピンク色に染めた葉璃がふわりと笑い、色っぽく見上げてきた日には我慢など出来やしない。  聖南は、葉璃の華奢な背中を見て様々な思いがよぎった。  すべての出番を終えた葉璃が肩の力を完全に抜く事が出来るまで、まだもう少しかかるだろう。  楽屋へと戻る道中、行き交うスタッフ達から労いの言葉を掛けられても、ペコッと会釈しかしない葉璃の頭から残り香ならぬ残り湯気が微量出ているからだ。 『……ほんとによく頑張ったよ、葉璃』  そう言っていたわるように、頭を撫でてやりたい。  どの任務も逃げ出す事の無かった葉璃に追い付いて見下ろすと、両手をモジモジとさせてはいるが毅然と前を向いてしっかりと歩んでいる。  誰よりも何よりも守りたい存在が華麗に舞う姿は、いつ見ても聖南の心を打つ。 出会った頃の葉璃を知っているだけに、これまでを思い返した聖南の感動はひとしおだった。   … … …  あまりに盛り上がり過ぎた会場では、CROWNがステージを捌けると客席から異例のアンコールの大合唱が沸き起こった。  それを何とか鎮めて進行しようとする司会者の女性と、スタッフ数名までもがステージに上がり、マイクを使って観客を必死で抑えるという緊急事態まで発生したほどだ。  ただでさえCROWNはバックダンサーらと三曲を披露させてもらい、メインステージから中央ステージへの移動はもちろんの事、二階席を一人ずつ練り歩かせてもらった。  さながら彼ら単独のコンサートのような空間になってしまった事で、次の出番である三人組の女性ユニットがスタンバイに手を焼いていたけれど、その様子をチラと見た聖南はアキラとケイタの背後からスタッフに「ごめん」のポーズをして舞台袖を降りた。  今日が "今日" でなければ、時間の許す限りもっとファンサービスをしていたかったが、そうも言っていられない事情が出来たので仕方がない。  出番終わりにも関わらず珍しくハイテンションにはなっていない聖南は、衣装から私服に着替えて汗だくのまま社長へとコンタクトを取った。  成田に連絡を頼んでいたおかげで話はスムーズだったが、聖南の予想通り若干の難色を示されている。  ただし、成田よりも聖南の性格を知る父親代わりの社長は、最終的には「責任は丸投げしないが今後を考えて行け」と言っていた。 「……聖南さん、打ち上げ……出なくて良かったんですか? 俺と聖南さんが居なくなったら、怪しまれたりしないかな……」  助手席でポツポツと不安そうに呟く葉璃が案じている事の根回しは抜かりない。  通常時も自家用車での移動が多い聖南は、この日も愛車で会場まで来ていた。 「ダンサーの連中には申し訳ないけど、打ち上げは別日にしてもらった。ヒナタを知ってるアキラとケイタはこの事知ってるし、今日はマジで無理だから」 「……どうなるのか心配です……」 「キレたりしねぇって約束したろ? 俺が発言間違えたらまた葉璃が標的にされちまう」 「俺なら大丈夫ですよ……?」 「そういうわけにいかねぇの」  聖南は度々、 "今日" に気付かせようとしてみたが空振りに終わっている。 あまりに目まぐるしかった任務と相次いだ出番のせいで、今日が何の日かを本当に忘れているらしい。  本来なら打ち上げに参加し、ほどほどで切り上げて葉璃を連れ出そうと思っていた計画が潰れてしまった。  SHDに乗り込んでも、 必ず穏便に済まさなければならない理由は葉璃にも告げた通りであるが、まず双方の根本をどうにかしなければ同じ事の繰り返しだと思っている。  聖南がキレても何も解決しない。 それどころか事態は悪化してゆく。  葉璃が傷付くのが嫌で、感じなくて良いものを見せた事も許せなくて、……。  しかしこれは葉璃の仕事だ。  「がんばる」と決めた、葉璃の仕事なのだ。 「…………お腹空いた……」 「え?」  しばらく難しい顔で沈黙していた葉璃が、ふぅ、とお腹を擦っている。  今からLilyの事務所に乗り込もうとしているというのに、空腹を感じているとは驚いた。 「手が止まらなくなるから、ケータリングに手を付けなかったんですよね……お腹いっぱいだと踊れなくなっちゃうし……緊張してたし……」 「ぷっ……! あはははは……っっ」  と、同時に、同じく難しい顔でハンドルを握っていた聖南は腹を抱えて笑わせてもらった。  出番終わりお決まりのハイテンションになる事なく、知らず張り詰めていたらしい緊張の糸がたった今切れた。

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