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 綺麗で、男らしくて、真っ直ぐで、素直で、ネガティブさが面白くて、すぐに謝罪の言葉を口にし、俺「なんか」と卑屈になる、聖南の最愛の人。  こんなにもすべてが可愛くて愛おしい。  出会った頃からさらに想いは強くなり、これから先、息絶えるまで何十年も連れ添いたいと思った人は葉璃が最初で最後だ。  同棲も始めてウキウキな上に、同業者。  聖南が導いてやれる唯一の事を、葉璃に惜しみなく与えてあげられて、かつ初々しい彼が間近に居ると聖南も初心にかえる事が出来る。  大好きな人から大切なものを教わる幸せとありがたみは、言葉では言い表わせられない。  葉璃がこの世に産まれて十九年目の今日。  聖南は葉璃と過ごす二年目のこの日を、昨年のように特別な思い出にしたかった。  愛していると伝えても、足りない。  何をどう言っても、伝えきれない。  共に過ごす日々も、今日のようなピンチに見舞われても、葉璃の存在があるだけで聖南は視野が広く持てるようになった。  根本を考えられるようになった。  ただ盲目のままでいてはダメなのだと、知る事が出来た。 『……もう少しの我慢だぞ、葉璃』  感慨深く葉璃への想いに浸りながら、聖南はルームミラー越しに葉璃を盗み見た。  大仕事をようやく終えた可愛い恋人は、助手席でしきりにお腹を擦っている。 ほぼ間違いなく、聖南の「何食いたい?」を待っているのだろうがまだそれは言ってやれない。  聖南の誕生日の事だ。  今年は何も出来ないと悲観した葉璃が、何とも可愛らしいラブレターを書いてくれてどれだけ嬉しかったか、これもまた言葉にならないほど聖南は喜んでいる。  恋人の誕生日に何かしてあげたいと思うのは、想い合っていれば当然の事だろう。  なので聖南も、当然の如く用意した。  すっかり今日の日を忘れ去っている葉璃は今、「お腹すいた」としか思っていないが構わない。  今日だけは我慢してくれと、ハンドルを握る聖南は三十分以上は葉璃の気を逸らすべく車内で話し掛けたり歌ってやったり、信号待ちで唇を奪ったり様々していた。 「…………聖南さん……」 「んー?」 「どこまで行くんですか? 家じゃない方に向かってません?」  今日が終わってしまうまで残り四十分。  間もなく目的の場所へ到着するという時に、とうとう腹ぺこの葉璃がキレ始めた。 「もうすぐだ」 「お家はあっちの方向ですよ。 全然もうすぐじゃないです。 聖南さんの手が美味しそうに見えてきました。 俺すごくおなかすい……」 「はい、到着ー」 「え……?」  葉璃は空腹の限界を超えると聖南の手を歯型が付くまで噛む(食べようとする)ので、ギアを操作するフリでさり気なく葉璃の視界から手を動かす。  聖南は、とある人気のない港にやって来ていた。  車を駐車し、ドアを開けるとたちまち潮風の独特な香りが鼻腔を通り抜ける。 やはり蒸し暑いが、海辺は波音が近いせいかどこか涼しげであった。  助手席にまわり、腹ぺこによりムッとしたお子様な葉璃を車外に連れ出す。 「十分でいいからその下唇引っ込めとけよ」 「引っ込んでますよ」 「引っ込んでねぇよ。 めちゃくちゃ出てる」 「出てないもん」 「はいはい、出てない出てない。 葉璃ちゃんは怒ってないでちゅもんねぇ?」 「…………ほっぺたギュッてしちゃいますよ」  ダメだ、揶揄いも通じない。  ジロッと恨めしそうに聖南を見上げてくる葉璃の瞳は、この空腹のイライラ時しか拝めない。  そういえば葉璃は、特番前で緊張していて昼食にもロクに手を付けられなかったと言っていた。  朝は聖南特製の甘いコーヒーで事足りるので、……という事は、葉璃は丸一日ほとんど食事らしい食事を取っていないのだ。 『しまった、順番ミスったかな……でもアレがもうすぐだしな』    聖南の計画を実行するためには、SHDの事務所を出てのんびりと食事をしていたら間に合わない。  ましてや大食漢の葉璃は近頃さらに食欲が増していて、少しずつを一時間以上かけてゆっくりじっくり味わいながら大量に食す。  遠慮なくキレている葉璃も大層可愛いが、今日は聖南も譲れない。 「あはは……っ、葉璃ガチギレじゃん。 いやマジで、十分でいいから俺とデートしよ。 それからならいくらでも葉璃の言う事聞く」 「デート……? で、デートっ!?」 「そ。 花火デート」 「花火……!?」  聖南はいそいそと後部座席からバケツと花火を取り出し、葉璃に見せた。  それは、スーパーやコンビニでよく見るあの花火だ。 「え、……花火、って……えっ?」 「俺やった事ないんだよ」 「あっ……花火を、ですか?」 「そうそう。  "今日" が終わっちまう前に、一個思い出作りたいじゃん?」 「今日が終わる前に……? 聖南さん、何言って……?」 「まぁまぁ、とりあえずこれやってみよ。 やり方知ってるなら教えて」 「あ、あの……はい、いいですけど……」  いくら匂わせても、葉璃はまだ気が付かない。  一般家庭の者ならば大多数が経験している花火を経験した事がないと言っただけで、聖南の過去を知る葉璃は一時空腹を忘れてくれたようである。  必要なものは花火のパッケージの裏面を読み、聖南自らが滅多に行く事のないコンビニですべて調達してきた。  テレビでは見た事のあるそれはとても綺麗で、何より楽しそうだった。  ナチュラルで平凡を好む葉璃とならば、楽しめると思ったのだ。 いや、聖南以上に葉璃にもきっと楽しんでもらえると楽観した。 「ここにロウソク立てましょうか。 お水まで買ってあるなんて流石ですね」 「だって火扱うんだし危ねえじゃん。 ちゃんとゴミ袋も用意してるよ」 「ふふ……っ、聖南さんのそのギャップ、素敵です」 「ギャップって何だよ。 俺は見た目通りだろ?」 「見た目はチャラ……」 「あぁー! 言うなっつの! ……あっ、俺これやりたい。 線香花火。 葉璃もしよ?」 「はい!」  すっかり機嫌の治った葉璃が、聖南に向かって優しく微笑んだ。  ロウソクに火を灯すためしゃがんだ葉璃の隣に、聖南も並ぶ。  もう楽しい。 人気のない穴場の海辺で、恋人といわゆる一般的な花火をする日がくるとは思わなかった。  それもこれも、葉璃が今日この日に産まれてきてくれたからで、聖南は葉璃と出会うために産まれてきた。  とりあえず、つい先程までの出来事は一旦忘れて、今を楽しもう。  二人は言葉を交わさずとも、そんな思いで心が通った。 「わぁ……綺麗……」 「すげぇな、……」  映像でしか見た事が無かった、線香花火のたま。  パチパチとほんの小さな火花が可愛らしくて、思わず触れたくなるような丸いたまも愛らしい。  それがぽとりと落ちるまでたった数十秒だが、限りなく目を奪われるそれはなんだか葉璃に似ていた。  儚くて、触れると消えてしまいそうで、けれど愛情をかければかけた分以上のものを返してくれる。  聖南という受け皿が居る以上、どれだけ落ちてもまたやり直せるというところも、何やら類似していると無理やりこじつけた。

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