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消えたそばから新しいものに火を付け、バチバチと散る色とりどりの火花を見ては、聖南は葉璃に「これ見ろよ、すげぇ」と本日の主役より興奮し、はしゃいでしまった。
葉璃も手持ち花火は相当に久しぶりとの事で、聖南と同様に無邪気な笑顔をたくさん見せてくれた。
他人が聞けば極々些細な事かもしれないが、家族を知らない聖南にとっては大切な初体験なのだ。
友人同士での経験もないのは言わずもがなで、ずっと、心密かに羨ましいと思っていた。
普通でありきたりな事を、してみたい。
聖南の気持ちを誰よりも汲んでくれている葉璃だからこそ、初体験を共にしたい。
葉璃のために準備したものだったはずが、聖南は大いに楽しみ心が満たされた。
大勢のファン達から黄色い声を浴びるのもいい。 最高の気分になれて、興奮もする。
けれどそれとこれとは温度も貴重さも違う。
「あー楽しかったぁ! 手持ち花火って、なんか子どもに戻っちゃいますよね」
「そうだな。 ……ありがと、葉璃」
「え?」
聖南の手を食べる寸前であれほどむくれていた葉璃が、こちらももらい笑顔になるほどニコニコだった。
照れた聖南は、ドキッと胸を高鳴らせて後部座席にバケツをしまう。
良かった、と心の底から思った。
恥ずかしげもなく葉璃を追い掛けて、振り向かせて、手に入れられて、自分はなんとラッキーなんだろうといつも感じる幸福感がさらに増した。
聖南の腰辺りを指先でツンツンと押され、呼ばれたと思い振り返ると、へへっと笑う葉璃の可愛さにやられた聖南は反射的に頭を撫でた。
そしてふと、腕時計を見る。
「あ、ヤバッ! 葉璃こっち来て!」
「えっ?」
ついつい時間を忘れて遊んでしまっていたが、気付けば今日が終わるまで残り十五分となっていた。
聖南は急いで葉璃の手を取り、駆け出す。
コンクリートで埋め立てられた海沿いの道を一分ほど走って、大きな吊り橋が真横から拝める場所へと到着する。
「はぁっ、はぁっ、……聖南さんっ、どうしたんですか!?」
「……良かった、間に合った」
「何? 何が間に合っ…………ッッ!」
息を呑んだ葉璃が、聖南の視線を追った先。
普段は黄色く色付くそれが、今日は明るい真紅色に彩られていた。
そして遠くの電光掲示板には『十九歳おめでとう』の文字。 これは今日一日中、ここでこれを目にした人々と共に葉璃を祝っていた。
「あ……俺、今日誕生日だ……」
「マジで忘れてたんだ」
「…………はい。 一昨日から特番の事で頭いっぱいで……」
「そりゃそうだ。 俺もあえて言わなかったしな。 頭から湯気出してる葉璃に、浮かれた事は言えねぇし?」
肩を抱いて笑ってやると、気が抜けた葉璃も柔らかな笑顔を溢した。
任務がすべて終わるまで、集中していた葉璃にはとてもじゃないが言えなかった。
本当は "今日" になった瞬間に言いたくてウズウズしていた言葉を、聖南はやっと口に出来る。
「十九歳おめでとう、葉璃」
「………………っ」
手のひらに力を込めて葉璃を抱き寄せ潮風を浴びながら、感極まった葉璃のイメージカラーに染まった吊り橋を眺めた。
その時だ。
「うわ、っ……!」
突如として夜空に打ち上げられた、大輪の花火。
深い時間の関係で数発しか上げられないと花火師に渋られたが、それでもいいからと無理やり交渉を成立させた聖南が満足そうに笑う。
音に驚いた葉璃が聖南に擦り寄り、突然の打ち上げ花火に釘付けとなった。
「は、花火だ……っ! もしかしてこれも、聖南さんが……?」
「花火デートしよ、って言ったじゃん」
「────っ」
「プライベートで打ち上げ花火見るのも初めてなんだ、俺。 ……葉璃と見られて幸せ」
「……聖南さん……っ」
今年はとことん、普通に拘った聖南だ。
いわゆる「普通のこと」でも、聖南が初体験だと言うとどこか嬉しそうに破顔する葉璃は、『聖南と初めて経験する』という事に小さな幸せを見出している。
金をかけた自己満足に浸るだけのプレゼントよりも、葉璃が純粋に喜ぶ事をしたかった。
生い立ちゆえ、聖南が経験した事のない日常の "普通" 。
それを共に経験して率直な感想を述べても、葉璃は決して笑ったりしない。 それどころか葉璃も新しい発見をしたとばかりに、聖南に寄り添ってくれる。
「花火デート……聖南さんは初めて、ですか」
「あぁ。 葉璃もだろ?」
「えっ、はい、もちろん」
「そこで狼狽えるなよ。 不安になんじゃん。 葉璃の初めては何でも、出来れば俺とがいい。 ま、葉璃のこれからの人生は俺が全部貰ってるから焦んなくてもいいか」
数発のみの打ち上げ花火。 一発目以降はすべてハートマークという気障さであった。
折れなかった聖南へ、花火師から「恋人への贈り物ですか」とニヤニヤされたが、もちろんだと頷いた聖南も相当な玉だ。
「……聖南さん、……ありがとうございます。 おめでとう、って言ってくれて、ありがとうございます」
胸元に飛び込んできた葉璃が、照れくさいのか顔を上げずにくぐもった声で礼を言い、しゅんしゅんと鼻を啜った。
愛おしい。 たったこれだけで涙してくれるほど、聖南の想いを受け取った葉璃が愛おしくてたまらない。
間もなく日付けが変わってしまうが、もう少し祝っていてもいいかという意味で、聖南は葉璃の体を抱き締めながら耳元で問うた。
「一日遅れのケーキ、食いたい?」
「え! ケーキもあるんですか!?」
「誕生日なんだから当たり前だろ。 しかも一番でけぇサイズのな」
「えぇぇ……っ、やったー!」
「ふっ……かわい。 超かわいー」
勢いよく顔を上げた葉璃は、その場でパタパタと喜びの地団駄を踏んだ。
目の保養でしかないそれに我慢出来なくなった聖南は、おもむろに顔を寄せて行く。
しかし対象は、唇をガードしてするりと聖南の腕から逃げ出した。
「あ、ダメですよ! ここでは……っ」
「誰も見てねぇよ」
「分かんないですよ! あ、ほら、聖南さんさっき言ってたじゃないですかっ。 後から俺の言う事何でも聞くって!」
「あー…………言ったな」
「ここでは、ダメです」
「………………」
「お家に帰ったら、いっぱいしましょ」
「…………っ! いっぱい♡ いいの、いっぱいして♡」
「……いっぱいは言い過ぎました」
「いや無理。 もう聞いちまったからその気になった。 キャンセル不可。 いっぱいする」
「聖南さんっ!」
聖南は再び、葉璃の手を取った。
はじめは駆けていたが、少しずつスピードを落として短い手つなぎデートを楽しんだ。
数時間前に浴びていたきらびやかな光景と熱狂的な声は、まるで遠い世界のもののようだ。
昔からこの都会ではあまり星が見えない。 それなのに、葉璃と二人だと夜空が何よりも美しく見える。
打ち上げ花火の煙い残り香が、聖南にとってもう一つ大切な思い出となった。
───葉璃にも、そうであったらいい。
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