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 慌ただしく番組が終了し、スタッフとの打ち合わせを済ませた三人は先程の控え室で早々と帰り支度を始めていた。  アキラとケイタは珍しくこれから直帰で、同じく聖南もそうなのだが、ルイの送迎である葉璃の到着を待っていなくてはならない。  聖南による送り迎えに未だ首を傾げているルイが、葉璃をここまで送ってやると言って聞かなかったらしい。  事務所まで迎えに行くつもりだった聖南がたった今見た未読のメッセージに、そう書いてあった。 「───あっぶね。 締めのトーク全然出来なかったな」 「ごめん、俺が最後に一通読んじゃったからね」 「てかケイタさぁ、なんであれが気になったんだよ? 海外の女性だったからか?」  長机の上を整頓していた聖南は、すでに三人が泊めているパーキングに葉璃とルイが来ている事を知って気持ちが急いていたが、聞かずにはいられなかった。  二人には番組終了後に打ち明けようとしていたけれど、出鼻を挫かれたどころか絶句させられた。  毎回読み切れないほど大量のメッセージが届く。  その中からケイタが選別したそれがあまりにピンポイントだったために、本番中にも関わらず思わず言葉を失ってしまった。 「俺も気になった。 セナの様子もおかしかったし。 二人ともどうしたんだ」 「深い意味はないよ。 でもあの文章って恋愛相談っていうより “殿方” を奪う気満々だったじゃん? あんまりよくない雰囲気を感じたからね。 ていうか、セナはなんで答えてあげなかったの? 他の相談には割り込んででも答えようとするのに」  あの文面は、やはり他者の目から見てもそう捉えられて当然だ。  あの場で結論を急がなかったせいで、彼女は早速行動を起こしている。  だからと逃げを肯定するわけではないが、聖南はどうすればいいかを二人に相談したかったのではない。 「あぁ、いや……さっきお前らに話そうとした事なんだ。 あれ」 「あれ?」 「あれってどれだよ」 「あの “殿方” って、多分……俺」 「えっ?」 「はっ?」 「今週頭に、社長の姪から告られた。 あのメッセージは……その姪だ」 「えぇぇぇ!?」 「はぁぁぁ!?」  ケイタは持っていた鞄をドサッと床に落とした。 アキラは飲んでいた緑茶を吹き出しかけた。  彼らが仰天すると、決まってこの光景を目にする。 「こ、ここ告られたって、セナ……っ」 「あの文章だと、セナお前……ハッキリ言ってやってねぇだろ」 「ハッキリ言いたくても、向こうは俺に恋人居るって知ってんだぞ? どう言えばいいんだよ。 好きでいてもいいかって聞かれたから、「よくない」とは言ったけど……それが返事じゃんか」  聖南の言葉に、二人は同時に口を噤んだ。  しかし、キッパリと断らず濁すような言い方で拒否しただけでは、あのメッセージ上からは全く諦めのついていない確固たる意思が見える。  アキラとケイタの脳裏には、すぐに葉璃の顔が浮かんだ。 「それ全っ然、伝わってないよっ? どうする気なんだよ! うさぎちゃんはこの事知ってるの!?」 「いや、言ってねぇ。 言えるわけねぇじゃん。 ただでさえ「二人はお似合いですよ」とか言ってたんだぞ」 「それでも言っといた方がいいと思うけどな。 後々こじれる方が面倒な事になる」 「……うさぎちゃんの性格考えてみろよ。 俺が女から告白された、なんて聞いたら……。 「聖南さんにはその人の方が相応しいから身を引きます」、なんて事を言いかねないだろ?」 「確かに……」 「確かに……」  葉璃は、自分が男であることをまだかなり気にしている節がある。 それは聖南が二人にぼやく前から、傍で見ていた彼らも薄々気がついていた。  聖南がこれまで女性しか愛せなかった男であり、スキャンダルとして世に取り沙汰されている以上の事実があるという事を葉璃は知っている。  過去を知るアキラとケイタには、聖南の葉璃への愛情はどう考えても不安を覚える間もなく異常だと分かるが、ネガティブと卑屈の二大巨頭を誇る “うさぎちゃん” の性格を考えると、安易に伝えるのを躊躇う聖南の気持ちも理解出来た。 「それにあっちには社長がついてんだ。 デビューの話も具体化されてるし、現に年末の特番でのお披露目が濃厚だ。 そんなんで今俺が拒否ったらどうなるか、想像もしたくねぇ」 「社長はともかく、デビューの話が動いてる以上は刺激したくねぇって事か。 それについてはお前らだけの話じゃねぇもんな」 「……セナも大変だね……」 「頼むから、うさぎちゃんにはしばらく黙っといてくれ。 あの子今仕事が超忙しくて、見てて可哀想なくらいなんだ。 不安材料与えて悩ませたくない」 「そりゃ……黙っとくのはいいけど……」 「俺もケイタも、とりあえずは何も知らねぇって事にしとく。 でも、……」 「あぁ、分かってる。 ちゃんと時期見て俺の口から言う」 「そうしてやれ」  なんとしてでも、葉璃に伝えるのは聖南本人でないと駄目だ。  他所からの情報で葉璃に不安を与えてしまえば、ネガティブさを存分に発揮されてまたもや別れの危機に直面してしまう。  追いかけるのは慣れているけれど、葉璃に離れられると今度は聖南が情緒不安定に陥るので悪循環でしかない。  過去に何度も二人のいざこざに巻き込まれたアキラとケイタは、聖南の言い分を尊重した。 何かあれば援護し、万が一二人にピンチが訪れた時は全力で協力する。  葉璃を追いかける事が苦ではない聖南のように、二人も彼らのための尽力を苦に思わない。 「あれ、うさぎちゃん、ルイの車で来てるんだ」 「そうらしい。 家を教えたくないって言い訳もキツくなってき……っっ!?」  マスクをした三人が揃ってパーキングへと向かうと、高級車に囲まれた中に黒色の軽自動車がエンジンをかけたまま駐車されていた。  長身の聖南はその車の持ち主をいち早く視界に捉えると、さらに目を疑うものまで見てしまい一目散に駆けた。 「何? セナどうしたの?」 「……ケイタ、車ん中見てみろ」 「え?」  車の方へ全速力で駆けていく聖南の背中の、さらに向こう。 ルイの軽自動車の中で隣同士に並んだ二人は、寄り添い合うようにして眠っていた。  葉璃はルイの左肩に頭を寄せ、ルイは葉璃の頭に凭れ掛かっている。  あれは完全に、葉璃への愛情過多である聖南の逆鱗に触れる光景だった。 「あっちゃー……」 「今日うさぎちゃんは寝かせてもらえないかもな」 「か、かわいそうだよ……」  遠目にも、葉璃が疲れているように見えた。  車の窓を叩いても起きない二人にイライラした聖南は、ロックのかかったドアを開けようとしている。  そんな嫉妬に狂った聖南を背後から見守っていたアキラとケイタは、今こそ知らん顔をしていたい心境であった。

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