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先週のはじめ、俺はSHDの偉い人達とLilyのメンバー全員から謝罪を受けた。
いつものレッスンに林さんがついて来たから、どうしたんだろって思ってはいたんだけど……まさか到着早々あの会議室に呼ばれて行ったそこで、これまでの事も含めて「ごめんなさい」と頭を下げられてしまうとは思わなかった。
聖南が案じたよりも、俺が想像していたよりも、かなり展開が早い。
Lilyのファンの人達を騙していると言わざるを得ない重大な俺の任務を、事務所側がメンバー達に丸投げしていた事を詫びたんだって。
メンバーみんなも、それぞれが思ってる事を打ち明けてきちんとした話し合いが出来たんだそうだ。
聖南が乗り込んだ甲斐があった。
俺も素直に、喜んだ。
謝罪なんて要らないです、と頭を下げた俺に、リカがまだ何か言いたそうだったのもあって、以前とあまり変わらないレッスン風景も受け入れられた。
聖南が言ってたからだ。
女の子の嫉妬は根が深いから、俺への態度が急激に変わる事はないかもしれない。 だから気を付けて、って。
「ハルくん、おはよう」
「あ……ミナミさん。 おはようございます」
「あの子達の雰囲気はどう? 嫌な事とか言われてない?」
「いえ、全然。 良い意味でも悪い意味でも、変わらないです」
みんなと少しだけ時間をずらして更衣室で着替えを済ませていると、ミナミさんが声をかけてくれた。
俺の返事に、釈然としない表情を浮かべて腕を組んだ。
「そう……」
「俺は気にしてないので、大丈夫ですよ。 ミナミさんはどうですか? メンバー間の雰囲気とか」
「正直言うと、こっちもそう変わらないわ。 まぁ事務所との話し合いが出来た事だけは良かったけどね。 セナさんのおかげよ」
「……そう、なんですね……」
やっぱりそう簡単にはいかないか……。
女の子のグループを纏めるリーダーは、ほんとに神経を使うと思う。
中に入ってみて分かったけど、裏表がある子なんてザラだし、人気グループともなると一人一人に責任感と欲求が生まれて衝突も起きやすくなる。
持ってる性格も関係するのかもしれない。
「すぐに変化が見えるようじゃ、プライドも無いのかってなっちゃうしあの子達も模索してるんじゃないかな。 今後のLilyの在り方を」
「俺が抜けた後、って事ですよね」
「うん。 ハルくんだけに愚痴っちゃうけど……私、アイが戻ってきてからの方が今より恐怖かも」
「あぁ……」
言われてみれば、確かにそうかもしれない……。
今アイさんはどこで何してるのか知らないけど、ミナミさんがこう言うって事は戻ってくる意思があるんだ。
Lilyがどんな状況なのかとか、気にしてあげてるのかな。
音楽番組に出演しても現在のLilyは一切のトークをカットされてるから、みんなが語らう姿をファンの人達もあまり見れてない。
それだけは連帯責任だと譲らなかった事務所側の気持ちも分かるし、そのせいでメンバー達のフラストレーションが溜まってるんだって事……アイさんはちゃんと分かってあげてるのかな。
グループはみんなの気持ちが一つにならないとだめだよ。 まず俺達が "楽しい" と思わなきゃ、観てる人達も楽しめないよ。
……って、新人の俺がこんな大きな口は叩けないから、不必要な争いを生まないために心の中にしまっておく。
「それじゃ、今日もよろしくね、ハルくん。 何かあったらすぐに言ってね」
「はい、ありがとうございます。 がんばります」
初対面の時から何かと気に掛けてくれるミナミさんとは、だいぶ目を見て話せるようになった。
俺より少し身長の高いスタイル抜群のミナミさんが、更衣室から出て行く。
俺は、ミナミさんの存在があったから孤立を感じなくて済んだ。
聖南もそれはすぐに見抜いたみたいで、誰が誰とかは全然覚えてなかったけど、ミナミさんの事だけは褒めていた。
謝罪を受けた日から今日で四回目のレッスン。
来月の中旬にも生放送の音楽特番があるから、そのための練習だ。
今回は、去年聖南がプロデュースした曲を披露する。 それは先月の段階で決まっていた選曲で、俺は密かにワクワクしていた。
CROWNでもETOILEでも無い、レトロポップス色の強いメロディーは聖南にしか創れない。
そういえば、レイチェルさんに創ったバラードってどうなったんだろう。
聖南はあれから何もその話題を出さないけど、書斎にこもる時間は減ったからうまくいってるのかな。
先週一週間は俺も怒涛のスケジュールでちょっと疲れてたし、話すタイミングが無かったんだ、きっと。
「ふぅ、……行かなきゃ」
靴紐を結んで、ジャージの前ファスナーを閉めた時にちょうど鞄の中から振動音が聞こえた。
「あ、ヤバっ、ルイさんだ……っ」
スマホには見慣れた「ルイさん」の文字。
もう時間が無いのにな、どうしよう。
あとから掛け直すのも考えたんだけど、「朝寝坊するなや」なんて言われるとイラッとしちゃうから応じる事にした。
「おはようございます」
『おはよーさん! ハルペーニョ、今日は十二時にC局入りやから、十一時までに事務所おれよ?』
「分かってますよ、昨日もしつこく言われましたし。 ……ぷふっ、今日はハルペーニョなんですね」
『そろそろあだ名も尽きてきたわ。 ハルペーニョもなんかええの考えてや』
「普通に呼んでください」
『そら無理な相談や。 てかセナさんのスケジュール見てんけど、今日十一時にA局入りやん? ハルペーニョどうやって来るん?』
「えっ、……あ〜、あの、タクシーで!」
『そうなん? 俺が迎え行くのに』
「いやいやいやいやいやいや、結構です!」
『……そんな拒否るなや。 傷付くわぁ。 ほんなら十一時な、頼むで』
「はーい」
……うん、俺ちょっとは誤魔化すの上手くなったかも?
ルイさんが送迎すると言って聞かなくなるまで、あとほんの少しな気がして怖い。
これ以上の持ち玉はないから、俺のボロが出ないうちにもっといい言い訳を聖南にも考えてもらわなきゃ。
外せない仕事の都合で、今日のレッスンは二時間しか通せない。
ただでさえ週に三回しか合流出来なくなってしまったから、少しでも内容の濃い時間にしたいな。
レッスンスタジオの扉を開くと、一心に集まる俺への視線。
もう、へっちゃらだ。
俺が得意とする、無になる時がきた。
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