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熱くなった顔面を手のひらでパタパタ扇いで冷ましながら楽屋に戻ると、ルイさんが神妙な面持ちでスマホを長机に置いた。
誰かと電話してたんだ、……って、たぶん聖南なんだろうけど……戻った俺を見る視線が何だか怖い。
顔が整ってる人は真剣な表情をしてるだけで怒ってるように見える。
「今な、セナさんから連絡あったんやけど。 ハルペーニョ連れてロケ見に来いて」
「あ、っ……」
机に散らばった私物を鞄にしまうルイさんが、明らかに「何かおかしい」といったように表情を崩さない。
頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになるだろうなって思ってたのに、この雰囲気はそれとはちょっと違いそうだ。
この間も似たような空気になった。
聖南が必要以上に俺を過保護に扱ってる……ように見えてならないルイさんの疑問が、今また再燃したっぽい。
「なぁ、ハルペーニョ。 俺になんか隠してることあるやろ」
「…………ん、へ、っ? な、なな、なっ? なんで急にそんな事言うんですか! 無いですよそんなの!」
まさにその通りで図星をつかれた俺は、ついムキになって声を荒げた。
バレちゃダメだ。 聖南との関係はもう、誰にも勘付かれちゃいけない。
嘘が下手な俺のその思いが前面に出てしまって、勘の鋭いルイさんの片眉がぴくっと上がる。
「……いや、そんな怒るようなこと、俺言うたか? いきなり怒鳴ったら血圧ボーン上がるで」
「………………っ」
「ついでに言うと、その反応は黒一色。 分かりやすいなぁ、ハルペーニョ」
「………………っ」
「そんじゃ、白状してもらおか」
「何をですか!」
「俺の口から言うてええの? これは結構な特ダネやと思うけど?」
「なっ……」
「俺なぁ、気付いてもうたんよ。 ハルペーニョとセナさんがなんでそない仲がええのか」
「────!?!?」
これは……っ、き、気付かれてる……!!
結構な特ダネだなんて、そりゃそうかもしれないけど、そんな言い方されたら心臓がギュッてなるよ……!
ていうか、いつ? いつからバレてたの? 俺そんなに「聖南さん好き好き」ってオーラ出してたかな? 我慢してるつもりだったのに……!
いや……我慢出来てなかったかも。
「二人は、……」
「あぁぁぁ……! だめっ! だめっ!」
「……喘ぐなや」
「喘いでないです!」
「単純明快やんな。 今まで気付かんやった方がおかしいわ。 よう考えたら分かることやったのに……俺とした事が」
「………………っ」
言わないで。 ルイさんにバレたからって世間に広まるとは思わないけど、でも俺も聖南も必死で隠してる "特ダネ" なんだよ。
気付いてても、気付いてないフリをしててほしかった。
聖南の立場が危うくなるくらいなら、俺はどうなってもいいから……!
目を回しかけた俺に、ルイさんは「車行こか」と言って鞄を抱えた。
特ダネだから楽屋では話せないって気を利かせてくれたのかもしれないけど……その用心深さが、ルイさんの疑問の答えを表してる。
ルイさんに背中を向けて急いで私服に着替えると、そそくさと社用車の後部座席に乗り込んで瞳を瞑った。
寝たフリ大作戦だ。
「セナさんとハルペーニョは親戚なんやろ?」
…………ん? ……親戚?
ルイさん、……?
運転席に乗り込み、エンジンを掛けてすぐに発せられたルイさんの台詞。
思いがけない事態に、寝たフリ作戦を即座に中断して瞳を開ける。 ルームミラー越しにルイさんと目が合った俺は、小さく首を傾げた。
「………………?」
「そやから大塚のレッスン生でもないハルペーニョのデビューがトントン拍子にいってる。 そこまでせんでええやろぐらいのセナさんの特別扱いも、二人が家族ぐるみで仲がいいからや。 っていう、俺の推理」
「……あ、……」
「どうなん? 当たりやろ」
「うっ、……」
……当たりじゃない。 ハズレだよ。
俺と聖南は少しも血は繋がってない。 将来を誓い合ってはいるけど、それもまだ先の話。
運転を始めたルイさんの得意気な表情が、ルームミラー越しに見える。
そう誤解されてるんだったら、いっそ当たりだって言った方がいいのかな。
でも俺は、聖南からお墨付きを貰うほど嘘が下手だ。
嘘に嘘を重ねたら、どんどんわけが分からなくなって絶対にボロを出す。 しかも毎日一緒に居るルイさんに、これ以上嘘を吐くのは気が引けた。
だから俺は……。
「……俺の口からは言えません。 セナさんに聞いてください」
「そんなん正解やって認めてるようなもんやん! ……まぁええわ、今から会う事やし聞いてみようやないの」
「…………はい、そうしてください」
こんな時、聖南ならどう返事をするのか。
我ながら卑怯だと思いつつ、俺が下手に説明するとせっかくルイさんが誤解してくれてるのに新たな疑問を抱かせてしまうから、素知らぬ顔で窓の外を見た。
───聖南さん、あとは頼みましたっ。
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