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スタジオでのトークを挟みつつ、視聴者から送られてきた色々なジャンルのVTRを共演者と共に観ていく、この週一のレギュラー番組の放送時間は一時間だ。
CMが入るから、正確には約四十五分の撮れ高があれば番組は成立する。
一時間番組がキッチリ一時間で終わる収録の方が少ないんだけど、今日は司会者さんと共演者の一人がプライベートでも親交があるとかで話が弾んでいて、気付けば二時間近く撮っていた。
合間の休憩中、ルイさんから「あと一時間は撮るやろな。がんばれ」って言われた通りになって、もうヘトヘトだ。
「ハルペーニョお疲れさん。 今日はあと一本、雑誌の撮りとインタビューあるからな。 二時間空くけどどないする?」
本番後の震えをルイさんに揶揄われながら、楽屋で私服に着替えた俺は気が抜けて机に懐いた。
そっか、あと一つお仕事あるんだっけ。
「あー……ちょっと寝たいかも、です」
「寝たい? また寝不足かいな」
「あっ……まぁ、はい」
「ハルペーニョ、いっつも何時に寝てんの? たまに声もガラガラでゲッソリやつれてる日あるよな」
「…………っ」
俺の向かいの椅子に掛けてるルイさんの声色が、揶揄いを含んでなかった。
真面目に聞いてこられても、何とも返事しようがない。
昨日は四日ぶりに聖南とエッチして、ちょっと盛り上がっちゃって夜中の三時くらいまでずっと……だったから眠いのもしょうがないんだけど、そんなことルイさんには口が裂けても言えないよ。
視線と追及から逃れたかった俺は、何気なくスマホを起動させてみる。
すると、三十分前に聖南から着信が入っていた。
「あ、すみませんっ、ちょっと電話してきます」
「ここでしたらええやん」
「だ、だめなんです! ごめんなさいっ」
『不在着信、聖南♡』の文字を見ただけで、緊張とは違うドキッが体中をかけ巡った。
俺だけのアイドル様は今、みんなのものだから……こうして突然の連絡には未だにワクワクする。
スマホを持って急いで楽屋を飛び出した俺は、スタッフさんに会釈しながらちょっとだけ廊下を歩いて、楽屋から離れていく。
ルイさんがせっかくプライベートな話を打ち明けてくれたっていうのに、俺が特大の秘密を抱えてるせいで内緒にしたままなのはかなり後ろめたい。
でも俺達の関係は、そんなに簡単に言いふらしていい事じゃないから……仕方ないよね……。
『葉璃?』
「はいっ、お疲れ様です! どうしたんですか?」
『あ、いま楽屋出た感じ?』
「すごい、なんで分かったんですか?」
『聖南さんって呼ばねぇから。 局の廊下で話してんだろ?』
……聖南だ。
当たり前なんだけど、やっぱり電話越しの声までめちゃめちゃかっこいい。
「そうです。 スタッフさん達、行き来してて……」
『そっか。 収録終わった?』
「はい。 予定より長かったけど無事に終わりました。 このあとは雑誌の撮りなので、Rスタジオに移動します。 って、もう知ってますよね」
聖南は俺のスケジュールを林さんから手に入れていて、俺より仕事内容の把握をしている時がある。
仕事の変更があったらすぐに聖南のスマホと俺のスマホがほぼ同時に鳴るから、最近は可笑しくなってきた。
『あぁ、俺今からその近くにロケ行くんだよ。 帰り被ったらいいな』
「ほんとですか! ロケ現場見たかったなぁ」
『見に来ればいいじゃん。 今日の街ブラロケはスタッフ多いし、葉璃が来て騒ぎになっても現場近いからっつー言い訳きくぞ』
「えっ! うわぁ、……行きたいなぁ、どうしようっ」
『待ってる』
「…………っっ」
聖南の街ブラロケかぁ。 すごく見たい。
以前は聖南の家のリビングで似たような番組を観た記憶があるけど、たっぷり笑わせてもらった楽しい印象しかない。
アイドルの看板を背負っておきながら、町の人達と交流するすごく自然体な聖南の姿が見られる番組って、実はあんまりない。
悩む俺の言葉を遮るようにして聖南は畳み掛けた。
『俺の方が終わんの早かったら、俺が葉璃の撮りも見に行けるよな』
「えぇ……っ、それはちょっと……。 緊張しますよ……」
『なんでだよ。 今さらだろ』
「だって……俺が撮影してるところを、芸能人って顔で見てるんでしょ」
『あはは……っ! しょうがねぇじゃん、俺年齢と芸歴同じなんだから』
そ、そうかもしれないけど……。
腕を組んで真剣に俺の姿を見詰める聖南がスタジオ内に居ると、後輩の仕事ぶりを心配して見に来た先輩って図になる。
聖南が居るってだけでドキドキしちゃう俺とは別で、現場のスタッフさん達はザワザワしちゃいそうだ。
まぁ、……聖南は今日のスケジュールを見た時点で来る事を決めてたんだろうけど。
「ルイさんにはなんて言うんですか?」
『「葉璃の撮影見に来た」って言うしかなくね? ロケ見学は俺からルイに電話しとく』
「…………!」
たった今、俺はルイさんに次の仕事までちょっと寝たいと言っちゃったから、いきなり「聖南さんのロケ見たい」なんて言うと変に思われないかな。
聖南が電話するにしても、きっとルイさんの頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。
俺達の関係を知らないルイさんは、送迎に関してつい昨日も指摘してきたばかりだ。
甘えてるとは思わないけど、いくら事務所の先輩だからって聖南を足に使うのはよくないって。
『……なぁ、マジでさ、ルイには俺らのこと話しとかねぇ? やっぱイヤ?』
「え、……うん、……イヤっていうか、……イヤではないんですけど、わざわざ言わなくてもいいかなって……」
『そうか。 じゃあやめとく。 葉璃ちゃんの言うこと聞く』
「…………可愛いですね」
『だろ? もっと言って。 好き好き大好き、愛してる、聖南さんしか見えない、今すぐ聖南さんに抱かれたいって』
「なっ、ななな何言ってるんですか! き、切りますよっ」
まったく!と呟いて意味もなく左手を振って動揺を消していると、電話の向こうで聖南が豪快に笑った。
聖南は今、こことは違うテレビ局に居て、こうやって明け透けに話をしてるって事はたぶん車の中に居る。
アイドルでもドッキリとか仕掛けられちゃう時代だから、楽屋でもあんまり俺の名前を出さないようにしてるって、アキラさんとケイタさんも言ってたっけ。
ルイさんに打ち明けるのは素直に踏み止まってくれて良かったたものの、とんでも発言をされた俺のほっぺたは熱くてたまんないよ。
『あははは……っ、今スマホ持ってない方の手ブンブン振ってたろ』
「なんで分かるんですか! ど、どこかで見てる……っ?」
『見てねぇよ、想像しただけ。 じゃまたあとでなー、葉璃ちゃん』
「は、はい、お疲れ様です」
仕事中の聖南は、物分りのいい大人みたいだ。
お家に居るときは俺から少しも離れていたくないってついてきて、この間なんて聖南に黙って歯磨きしてただけで怒られたんだよ。
それなのに、ひとたび外に出ると聖南は「セナさん」になる。 俺の方が寂しくなっちゃうくらい、「じゃあな」と言って電話もすんなり切られる。
いや、……あんまり駄々をこねたら俺がロケ見学に来てくれなくなるかもって、思ったのかもしれない。
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