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17❥困惑

「うさぎちゃんがかわい過ぎる」  疲れ果てたボクサーのように、パイプ椅子に腰掛けて項垂れた聖南は、スマホを握り締めて呟いた。  その場に居たアキラとケイタは、各々出演しているドラマの台本から顔を上げる。 「何だよ急に」 「そんなの二年前から分かってた事でしょ。 聖南が追い掛け回して捕まえたくらいなんだから」 「最近またさらにかわいーんだよ。 俺おかしくなりそう」 「はぁ?」 「はぁ?」  バラエティー色の強い音楽番組の出番前、珍しくCROWNの楽屋は静寂に包まれていて、聖南の独り言がやけに響いた。  二人の呆れ返った表情を見る事なく、スマホの画面に目をやっている聖南はしみじみと、表示された『葉璃♡』の文字や盗み撮りした恋人の写真を凝視する。  熱中症で葉璃が倒れてしまった、ロケ見学から約二週間。  多忙である葉璃の体を気遣わなければならなくなった聖南だが、セックスの回数が減って禁欲を迫られても、葉璃への愛おしさは日ごと増すばかり。  毎朝「おはよう」が言えて、「行ってらっしゃい」が言い合えて、帰宅すれば同じベッドで「おやすみ」のキスが出来る。  セックスを二の次に考えられるようになった聖南の心は熱々で、葉璃と共に暮らしている実感が尊くてしょうがない。  以前、聖南は偉そうに「セックスだけが愛を伝える手段じゃない」と格好つけ、死に物狂いで性欲を抑えた事があったが、その時と今では気持ちの上での余裕が違う。 『愛おしい。 かわいー。 好きだ。 かわいー。 愛してる。 かわいくてたまんねぇから葉璃の体の一部食べていい?』  ……と、昨夜ベッドの中で葉璃を背中越しに抱き締めた聖南は、かなりの大真面目でこう言ったのだが、眠そうな葉璃からクスクス笑われて終わった。  本気だったのに。  セックスの合間の唾液交換のように、葉璃を常に感じられる彼の一部を自身に取り入れたい。  沸々と空恐ろしい事を思う聖南のスマホが、震える。  相手は葉璃ではなかった。 「今何してんのかなー。 仕事頑張ってんのかなー。 震えてねぇかなー」  画面に表示された名前を見ていられず、そそくさとスマホを鞄にしまって聖南は立ち上がった。  楽屋に用意されたコーヒーを紙コップに注いで飲むが、いつまで経ってもこれは美味いと思えない。 「ルイがついてんだし大丈夫だろ?」 「あ、そうそう。 ルイと言えば……俺達の事がバレかけた」 「えっ!? マジで!?」 「それほんとか? バレかけた? ……ん、じゃあまだバレてはねぇの?」 「ちなみに、俺とうさぎちゃんは親戚っつー事になった」 「親戚……?」 「親戚……?」  首を傾げる二人に、聖南は顛末を話した。  名探偵ばりに推理に自信を持っていたルイと、それを必死で誤魔化そうとした葉璃が結局は聖南にすべてを託した経緯。  あのルイの勢いと眼力だ。  葉璃一人では、きっといなせなかった。  てっきり聖南も、葉璃との関係がバレたのだとばかり思ってヒヤリとしたけれど、想像とはかけ離れた推理に目が点になった……ところまで話すと、アキラとケイタは同時に台本を机に放って腹を抱えた。 「あははは……っ」 「ふふ……っ」 「な? これはバレてはねぇだろ?」 「うん、あはは……っ、バレてはないね!」 「バレてはねぇけど……っ」  そこまで笑うような事か?と聖南は苦笑しながら紙コップを投げ捨てた。  未だ鞄から響く振動音に気付くと、さらに苦笑が濃くなる。 「でもこれでちょっと動きやすくなった」 「あぁ、まぁな。 このままセナが送り迎えするのも、先輩後輩だからって言い訳だけじゃそろそろ苦しいもんな」 「そっか、それでバレかけたんだ?」 「そうそう。 俺がうさぎちゃんを過保護に扱い過ぎてるって、ルイの中で疑問だったんじゃねぇの?」 「それで "親戚" ね……」 「ぷふっ……」  聖南の葉璃への構い倒しは、ルイでなくとも訝しく思うだろう。  新人アイドルはマネージャーの送迎、もしくは一人でタクシー移動が常だ。 事務所によっては公共機関を使う場合もある。  しかし葉璃には、そんな事はさせられない。  恭也の映画撮影のためにマネージャーである林が駆り出され、臨時で事務所とは関係ないルイが葉璃の付き人になっている。  それなのにどうして一人移動をさせる必要があるのか。  心配で仕方がないから、という聖南の私情が九割を占めてはいるが、帰宅時に一人になどさせられない。  そのために聖南が可能な限り送り迎えを買って出ている。  聖南が仕事で迎えが出来ない日は、事務所と契約しているタクシーを使ってもらうがその手配も抜かりなく聖南がしていた。  それらを知られているルイにはいつか、聖南と葉璃の帰る家が同じである事がバレる。  彼に牽制の意味も込めて、関係をバラしてしまった方がいいと思ったのだが葉璃は良い顔をしない。  仕方なくそれについては保留にしようとしていた矢先、ルイの盛大かつ絶妙な勘違いに救われた形となった。 「……うさぎちゃんとは順調?」  現在CROWNが居る局とは別のテレビ局で深夜番組の収録を行っている葉璃を案じる聖南に、アキラが問い掛けた。 「はぁ? なんでそんなこと聞くんだよ。 ついさっき惚気けたばっかじゃん。 うさぎちゃんがかわいくてたまんねぇって」 「セナ、違う。 アキラは、ルイとうさぎちゃんとの仲を聞いたんだと思うよ?」 「あぁ。 ケイタの方が理解力あるって、セナ相当勘が鈍くなってんじゃね? そんな浮かれてっと足すくわれるぞ」 「………………」

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