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 言われなくても、浮ついている自覚はあった。  各媒体で包み隠さず赤裸々に想いを吐き出せる、怖いくらいに寛容な現状にすっかり慣れてしまっていて、確かにこのままではアキラの言う通り寝首をかかれる。  葉璃の望まない結果だけは避けなくてはならないので、聖南は腕を組んで難しい顔をして見せた。 「分かってる。 うさぎちゃんは俺らの事をルイにも話したくねぇって言ってたんだ。 今まで通り関係はバレないようにする。 ルイだけじゃなく世間にもな。 せっかくルイがいい感じで誤解してくれてるし」 「浮わつくなよ、聖南。 お前がボロ出したら芋づる式だからな」 「あぁ。 任せとけ」 「ほんとに大丈夫かなぁ……?」  もちろん、と頷いて見せたものの、つい先程までスマホを凝視していた聖南では説得力が無い。  ルイに不審がられていると知ったアキラとケイタは、顔を見合わせて無言で疎通し合った。  何やら嫌な予感がプンプンと漂っているような気がしてならない。  彼らの関係がバレるという事態よりも、もっと大変な出来事に巻き込まれてしまいそうな予感がする。  二人の心配をよそに、聖南が新たに口を付けたのはアキラが飲んでいるものと同じ緑茶だ。 「ちなみにな、ルイとうさぎちゃんはめちゃめちゃ仲良しこよし。 俺のロケ見学に来てたってのに、イチャついてんの見せ付けられた」 「へぇー? まーたセナのヤキモチモード入るぞ、これ」 「普通に仲が良いなら安心じゃん? 一時はどうなる事かと思ったけど」 「バチバチだったもんな、あの二人」 「ていうかETOILEの追加メンバーオーディションっていつだっけ。 八月の特番終わりからって聞いてた気がする」  再び台本を手に取ったケイタが、それに視線を落としたまま緑茶をがぶ飲みしている聖南に問うた。  それについては八月の特番が終わってからでなければ、ETOILEもCROWNもオーディションにかかれないからという事でスケジュールが決まった時点で具体的な日程も決まっている。  スケジュールの調整がさほど難しくない葉璃はともかく、映画の撮影中である恭也がオーディションに合流出来なければ話にならない。  その調整も滞りないと聞いている。 「ん、そう。 来週から本格的に開始だ」 「マジで? 日程はもう決まってたりする?」 「一応な、決まってる。 んー、と……あぁ、あったあった」  アキラとケイタも気になるようで、聖南はタブレット端末を取り出して日程表を探し出した。  これには葉璃の最新のスケジュールが送られてくるので、佐々木よろしく肌見放さず持っている。  ついでに言うと、鳴り止んだ振動音の相手に書き下ろした詞も入っていて、いつ何時でも細かな微調整を行えるようにしていた。 「来週がダンスで、再来週は歌唱だな。 そっから一週間で五人まで絞って、また一週ずつダンスと歌唱のテスト。 十月半ばにはメンバーが決まる」 「へぇ〜……マジで本格的にやるんだね」 「力入ってんな、事務所……てか社長か」 「五人になって初めてETOILEが完成するって言ってたしな。 社長の先見の明は侮れねぇから、俺もそうそう口出し出来ねぇ」  恐らくオーディションの場には、現在ETOILEのプロデューサーを担っている聖南も同席する事になるのだろうが、ザッと候補者を見た限りでは加入を渋っているルイが圧倒的だった。  歌唱力も、ダンステクニックも、ほぼ完成されたそれなのである。  CROWNのバックダンサーで終わるような男ではないというのに、ルイを候補者としてねじ込んだ社長にまで加入しない旨を伝えているとは、やはり聖南にはどうしても納得がいかない。  以前彼本人からその意思を聞いてしまったが、それならばオーディションの意味がないと思うのだ。  葉璃への馴れ馴れしさによって嫉妬の対象とはなっているものの、社長やその他の者達の目利きで選ばれたどの候補者よりもセンスと素質があるルイを、聖南は評価している。  嫌悪感すら持っていそうだった葉璃へのキツい態度が和らいだ事により、その気持ちは今も変わっていないのか……。  ついこの間それを問う大きなチャンスだったが、機を逃してしまった。 「……で? セナの方はどうなったんだよ」  端末でオーディションの日程を凝視していた聖南は、アキラの声にふと顔を上げる。  今日は何かと問われる日だな、と笑いながらペットボトルの飲み口に唇を付けた。 「何が?」 「社長の姪だっけ? あれからどうなった」 「あー……」  まろやか過ぎる緑茶が、締まった喉を通っていく。  今聖南を悩ませている最大の問題は、なるべく思い出したくない。  毎日のように仕事用のスマホには彼女の名が表示され、よくない事だが徐々に拒否反応を示すようになっていた。  社交的でコミュニケーションに長けた聖南が、あえて誰かの着信を無視するなどなかなかに無い事である。 「ガンガンよ、ガンガン」 「は? 何が?」 「ガンガンって、押しが強いって事?」 「毎日電話してくんだよ。 レコーディングまでまだ日が空くから、ボイトレに精を出してほしいんだけどな。 ……用件なんか分かりきってんだろ」 「え、じゃあセナ、その人からの電話シカトしてんの?」 「それはマズイんじゃねぇ? 肉食系女子は逃げたら追ってくんぞ」 「マジかよ。 でも何を話すっての? 恋人居ても好きでいいか、なんて聞いてくる女にはどう言うのが正解なんだよ」  聖南は単純に、困り果てているのだ。  これがデビューを控えた者でなければきっぱりバッサリ断っている。  しかし彼女の場合はそうも出来ない理由がいくつもあり、無下にし続けられない。  一応は三十回の着信につき一度は出ようと決めている聖南だが、なるべく日常会話すら交わしたくないと、指先と心が拒否してしまう。  葉璃との穏やかな日々が、その一つのモヤでたちまち消え去ってしまう恐怖を忘れたいがために、無意識に葉璃を拠り所にしている節があるのかもしれなかった。

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