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葉璃に隠し事をしていると、その日数が長くなるにつれて不義理が積み重なり、相当に後ろめたくなってくる。
現に今、逃げの一手である自身が情けない。
何でも話せと聖南が彼に秘密事を作らぬよう強要している事もあり、まるで裏切り者のような気分だ。
本当は早く打ち明けてしまいたい。
しかしながら、現状を葉璃に伝えて不安材料を与える事と、自らの立場を考えなくてはならない事、この二点が近頃の聖南の心をグラグラと揺さぶっている。
「……もしかしてさっきから鳴ってるのって、セナのスマホ?」
「そう。 てかまた鳴ってんな、俺のスマホ」
「んな他人事みたいに言ってないで出ろって。 とりあえず話聞いてやれば相手の気も済むかもしれねぇじゃん」
「…………一理ある」
アキラに諭された聖南は素直に頷いて立ち上がり、スマホを裏返しにして鞄から取り出した。
それも恐る恐るである。
寝ている葉璃を起こさぬようベッドに忍び込む時とは全く違う、何のウキウキももたらす事のない恐恐は心臓に悪い。
「……あ、社長だ」
「えっ? 良かったね」
何が良いのかは分からないが、それこそ他人事なケイタを一瞥してホッと胸を撫で下ろし、スマホを耳にあてがう。
「セナか?」という慣れ親しんだ声に、しばらく事務所で出くわす事の無かった社長が脳裏に浮かんだ。
しかし同時に、彼の姪であるレイチェルの顔も浮かんでしまい、複雑極まりない。
「ん、どした?」
『セナ今日は十八時がケツだろう? 事務所に寄ってほしいんだが』
「あぁ、それは構わねぇけど用件は?」
『レイチェルへの楽曲のデモが出来ているらしいじゃないか。 私にも聴かせろ』
「データなら丸ごとレイチェルに渡してっから、連絡してみれば?」
『音源を私に聴かせていいものか、レイチェルがお前に尋ねたかったそうだが……連絡が付かないと言っていたぞ』
「………………」
うっ、と言葉に詰まる。
レイチェルからの着信をことごとく無視してしまっていた聖南のやり口が、すでに社長にバレているとは何とも不都合だ。
社長の口ぶりでは、何故聖南が避けているのかという決定的な事情までは話していないようだが、とても安心など出来ない。
「わ、悪い。 事情があってな」
『なんだ、その事情とは。 とにかくケツ終わりに事務所に寄りなさい。 音源を聴いてからレイチェルも交えて食事に行くぞ。 今日は逃がさんからな』
「は!? いやそれは……!」
『セナ、これも仕事のうちだ。 引き受けたからには少しはレイチェルに歩み寄れ。 異国の女性だがあの子は古風で慎ましいんだぞ。 口は達者かもしれんが、自分から進んで行動するような子ではないからな。 セナがそんなに他人行儀だとあの子もどうしていいか分からんだろう』
「………………」
『古風で慎ましい……? 嘘だろ? こんなの社長には絶対言えねぇけど、レイチェルは愛人要素バリバリだぞ? 恋人居る男に暇さえあれば鬼電してくるような肉食系女子なんだぞ?』
いやいや……と否定したい気持ちは内心だけに留め、聖南を見守っていたアキラとケイタに視線をやって眉を顰める。
仕事だとしても行きたくない。
こればかりは葉璃の「嫌い」宣言に背いてもいいと自分に甘えを許すほど、乗り気になれない。
だが聖南の返答以前に、早くもセッティングされていそうな雰囲気である。
聖南が行かないと言えば社長とレイチェル二人でその場へ行く事となり、聖南が食事の席を拒んだ理由をあれこれ予想されては、たまったものではない。
どうやらレイチェルは社長に見せている顔とは別の顔を持ち合わせているようなので、もしも暴露されるのならば同席していた方が賢い気もする。
「分かった、分かったって。 説教なら直接聞くから。 本番前にやる気を萎えさせるな。 じゃな」
そう言った切り際、いやらしい言い方をするな、などと社長然として咎められた。
そのような意図で言ったわけではないし、いつもの社長ならば聞き流しているような小さな事まで気に触るらしい。
これはまさに、レイチェルから掻い摘んでの事情を知り得てしまっている可能性が非常に高い、と言えた。
「はぁぁぁ…………」
「何、社長から説教されたの?」
「さっきよりブルー入ってるな、セナ」
大きな溜め息を吐きながら、項垂れてしゃがみ込んだ分かりやすい聖南に、アキラとケイタは苦笑いのままで立ち上がる。
葉璃が原因ではない一件で、それほど気落ちするとは聖南自身にも知らぬところだ。
「…………今日、三人でメシ行くって」
「あー……マジでか」
「うわぁ、すごいな。 姪っ子さんが包囲網張り巡らそうとしてるね」
「やっぱそうだよな? 今の社長の話だと、レイチェル猫被ってんぞ。 しかもめちゃめちゃでけぇ猫」
「えぇ……そうなの?」
「いやセナ、決め付けるのはよくねぇ。 人間の本質なんて少し接しただけじゃ分かんねぇじゃん。 やっぱちゃんと返事してやるか、少なくとも電話は取ってやれ」
「………………」
「そうだよ。 セナが逃げてたらどんどん包囲網大きくなって、気付いたときには抜け出せなくなっちゃってるかもよ」
「……分かった。 どうなるか分かんねぇけど、今日決着つける。 ……お前らの言う事だから聞くんだからな!」
「トイレ行ってくる!」とスマホを長机に置いた聖南は、年下の二人ともから諭されてしまい大人げなく唇を尖らせて楽屋を出て行く。
その数秒後、聖南のスマホの振動が机越しにアキラとケイタに伝わった。
ケイタがチラと画面を覗くと、そこには『レイチェル』とあり……二人は顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
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