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「ご存知無かったのなら、お知らせ出来て良かった」
佐々木が声を顰めた意味が分かり、聖南は唖然と佐々木を見詰めた。
"狙われている"
この業界でのそれは、聖南にはおよそ二年縁の無かったゴシップ記者等の事であろう。
「……マジ? 俺が?」
「水面下で動いてる記者が居ます。 私が裏で入手した情報なので、まだ当然、表には出ていません。 ……というより、今は裏取り中のようで」
「いや、……何の裏取りだよ」
「セナさんの恋人探しが始まっている、と見て間違いないかと」
「は、……? マジかよ……」
怪訝な表情を浮かべつつ、それほど驚いてはいない聖南は常日頃からマークされる対象ではあった。
例のスキャンダルが明るみに出る前は、それこそ毎日のように何かしらから追い掛けられていた。 その生活に慣れてしまっていたがゆえに、好き放題していた消去したい過去もある。
これを記事にしたところで世間にも業界にも大した衝撃は与えられないと、ゴシップ記者からもそのような判断をされるほどに無茶苦茶だった。
しかし恋人がいると公言し、まったく遊ばなくなった聖南はスキャンダルになりようがない。
葉璃と付き合い始めてからも、何度か自宅前や現場から帰宅する様子を張られていた事がある。
怪しげな車が居たとしても、地下駐車場のあるセキュリティーが万全なマンションに引っ越してからというもの、危機感が薄まっていたのは事実だ。
彼らが今さら何を狙うのかと言えば、餌食は "CROWNのセナの恋人" しか考えられない。
たとえそれが一般人であったとしても、撮った時点で大スクープである。
いつ動き出すか戦々恐々としていたが、よもや二年も経った今頃になって追い始めたとは何やら合点がいかない。
「恐らくですが、周辺を嗅ぎ回っているのは前回セナさんのスキャンダルを報じた記者です。 事務所を通さずに直接局にタレこむ可能性が高いので、用心してください」
「なんかブツが回ってたりする?」
「いえ、そこまでは分かりませんが……。 セナさんが恋人の存在を隠していない以上、相手の特定が始まっていても文句が言えません」
「一応やめろって言ってんだけどな。 んなの……無駄だわな」
「はい。 あともう一つ」
「え、まだあんの?」
ピクッと片眉で反応した聖南に、佐々木は、こちらの方が大事だと言いたげに能面のように変わらなかった眉を顰めた。
「ヒナタが業界内外から注目され始めています」
「………………」
「これは、彼女の素性を一切明かさないとしている、SHDの内部がどれだけ耐えられるかにかかっています」
「……はぁ……」
腕を組んだ聖南は僅かに項垂れ、指二本で眉間を押さえる。
頭痛がしてきた。
同時にこれほどの大問題が二つ……いや聖南には三つも発生するなど、これまでの芸能人生では一度も経験した事のないピンチに見舞われていると言っていい。
表向きは怪我によって一時離脱したとされる、アイのサポートメンバーであるヒナタ。
番組出演時のトークを全カットしているため、Lilyのファンからどんな問い合わせがきても「ヒナタはサポートメンバーのため応えられない」という回答をしてきたSHDエンターテイメントは、この秘密を守りきらなければならない。
決して大手とは呼べない芸能事務所。
ほんの少しの圧力で潰されかねない、……という事はつまり、あっさりと秘密を吐露し大塚芸能事務所にも火の粉を被らせようとしてくる可能性もある。
そうなると矢面に立つのは他ならぬ葉璃だ。
恭也とのETOILEも、彼の芸能人生も、そこで終わるかもしれない。 絶対に正体はバレてはいけないという今までの緊張感が、さらに増幅した形だ。
「今のところどこへも正体はバレていないようですが、他事務所のスカウトマンがヒナタを狙っているのは間違いありません」
「問題山積みじゃねぇか……」
「セナさんは大塚社長の姪っ子さんの事で手一杯なのに。 これからが大変です」
「……なんでそんな事まで知ってんの?」
目頭を押さえていた聖南が、佐々木をジロッと見据える。
テレビから流れてくるやかましい女性アイドルグループの歌声が、やたらと気に触った。
「私の父がそちらの幹部ですし、……私は自分で言うのも何ですが顔が広くて事情通なもので」
「……マジで樹だけは敵に回したくないな」
「私もセナさんだけは信用しています。 何しろ葉璃の大切な人ですから」
中指でノンフレーム眼鏡をクイと押す佐々木は、聖南から "樹" と呼ばれる事となった事件以降、何かと肩入れしてくれている。
葉璃の本番前に気を揉みたくはなかったけれど、忙しい合間を縫い、直に聖南と話すタイミングを窺ってくれた佐々木には素直に感謝した。
葉璃への想いはまだヒシヒシと感じるものの、彼に気を許している聖南との仲はそう悪くない。
「……樹、情報サンキュ。 知ってんのと知らねぇのじゃ大違いだ」
「いえ。 以降も私は葉璃の平穏な日々のために動きます」
「…………よろしく」
未練を匂わせながらも潔いその台詞に安心感を抱く聖南は、やはり人が良い。
ただし人を見る目だけはあると思っている。
女運がことごとく無いだけで、昔から聖南を取り巻く男連中との良縁だけは信じているのだ。
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