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… … …  八月某日、夏の二大音楽特番二本目の本番となったその日も、ドームを貸し切って複数のアーティストが集結し行われる。  前回と違うのは、ドーム内の楽屋の一つを貸し切らなくてもよい点。  オープニングで出演アーティストとしての出番を終えると、聖南達はダンサーらと共に近隣のホテルへ向かい、二時間近くそこで待機となる。  合間合間に練習をこなし、入念とは言えないが昨日はリハーサルも行い準備は万全だ。  聖南にとって一つだけ不満があるとすれば、ホテル待機のためETOILEと楽屋を離されている事。  Lilyの出番がETOILEよりも早いので、オープニングで "ハル" だった葉璃は今頃 "ヒナタ" に変身中だと思われる。  事情が事情なだけに、そばに居てやれない聖南は気が気ではない。  ルイも今はCROWNのダンサーとして隣の部屋に居るが、以前同様ヒナタを追い掛けてホテルを抜け出さないとも限らない。  内部紛争が勃発していたLilyのメンバーとの仲も、聖南が介入してからもさほど変わらないと聞いたしで、ヒナタ姿の葉璃がまた陰湿なイジメを受けていやしないかという心配も付きまとう。 「セナ、目が血走ってるぞ」 「ハル君の事が心配?」 「当たり前じゃん……」  CROWNの出番は二十二時頃。  それまでドームに立ち寄れない聖南は、楽屋として貸し切られたホテルの一室でおとなしく待機しているものの、つい窓辺まで行っては見えもしない葉璃の姿を探している。  今日ばかりは葉璃についている林と、念の為に張り付かせている成田、Lilyのマネージャーである足立の三人には「しっかりサポートしてやって」と重々申し伝えてはいるが……心配で心配でたまらない。 「だよね……」 「俺も心配……」  ここは「葉璃なら大丈夫だ」と励ましの言葉をかけ合うのが正解なのかもしれないが、葉璃に甘いCROWN三人は揃って表情を曇らせている。  Lilyが今日披露するのは、昨年聖南が提供した楽曲との事なので葉璃は異様に張り切っていた。  頑張りますね!とニコニコで見上げてきた事を思えば、やる気に満ちている彼を過剰に心配するのはよくないのかもしれない。 「そろそろだな。 テレビ付けるか」 「そうだね。 セナも観ようよ」 「あぁ、……」  アキラとケイタは起立したまま、室内に設置されたテレビの前に集合し聖南を振り返る。  前回のような事件が起きていない事を願いながら、落ち着かない聖南も二人の間に並んだ。  予定ではLilyの出番は今から十五分後である。  自身の出番よりもソワソワし、聖南はひとまずトイレにこもって用を足した。 「あれ、誰か来た?」  その最中、部屋をノックする音に反応したケイタの声が洗面所に居た聖南にも聞こえた。  本番真っ最中である今、スタッフ以外にここへの訪問者は居ないはずなので、葉璃に何かあったのではと背筋がヒヤリとする。 「あっ、佐々木さん。 お疲れ様です」 「どうも。 こんばんは」 「あれ、恭也も! どしたの?」 「いえ、……一人だと、不安に押しつぶされそうで。 ここで出番、観てもいいですか」 「いいよいいよ、入んなよ!」  慌てて洗面所から顔を出すと、見知った佐々木と恭也がこの部屋へ訪れただけでホッと息を吐く。  佐々木の用件は分からないが、恭也の気持ちはよく分かる。  ETOILEの楽屋(部屋)に一人で葉璃の出番を待っていた恭也は心中穏やかでなく、恐らく聖南と同じく窓辺に佇んでドームの方を向いていたに違いない。 「Lilyはあと十分……二組後だ」 「佐々木さん、memoryの出番は中盤だったけどあれ佐々木さんの差し金?」  それほど広くはないホテルの一室。 テレビの前に葉璃を案ずる四人の男達が集結し、まさに異様な光景となった。  ケイタから問われた佐々木は、静かに首を振る。 「いえ。 memoryもいよいよその出番順を許されたと認識しています。 まだ未成年の子が居ますので、二十一時以降はこちらからNG出してますが」 「そうなんだ! 特番ってそういう暗黙のルールみたいのあるよね」 「だな。 俺らもデビューしたての時はドーム内の楽屋待機で済んでたしな」 「そうそう〜。 そういえば俺達、来年で十周年だね。 ツアーと被らせたりイベント組んだりするのかな」 「さぁ? それはボスが決めんだろ。 ……今はハルの事で頭いっぱいだけどな」  二人の会話に「ごめん」と詫びた聖南は、懲りずに再度窓辺に寄って行き、葉璃に向かって "頑張れ" と念を送る。  そばに居てやれないと言っても、今日の葉璃は一段とキラキラな瞳で聖南を捉えていた。 『俺なら大丈夫です! 俺、やっぱり聖南さんが創った曲が大好きなんですよ! レッスンもすごく楽しかった! ETOILEともCROWNとも違うテンポの曲だから、本番が楽しみなんです!』  どういう風の吹き回しなんだと目を白黒させる聖南を尻目に、葉璃は可愛く笑って一足先に現場入りした。  聖南が創作した曲を、大好きな人が褒めてくれて照れくさい。 頑張れよ、と念を送る必要も無いほど葉璃は本番を楽しみにしていたが、きっと今は手のひら文字に余念がないはずである。 「聖南さん、気もそぞろなところにすみません。 ……少しお話が」 「……ん? あぁ、樹か。 何?」  テレビにかじりつく三人から離れ、窓際に居た聖南の元へ近付いてきた佐々木の表情が浮かない。  彼はいつもこの表情なのだが。 「聖南さん……今どこに狙われてるか、ご存知ですか?」 「は? 狙われてる?」  何の話だ、と思考が止まったのは一瞬だけで、年齢=芸歴である聖南はすぐにその意味を察した。

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