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 葉璃が担う “ヒナタ” が業界の者から欲しがられるというのは、至極当然の事だと聖南は思った。  あの華やかな見目、誰の目も惹きつけてやまないパフォーマンス、胸以外は抜群のプロポーションを誇り、色眼鏡を外した聖南の業界人としての見解もそうだからだ。  ステージから足早に、ちょこちょこと小走りで捌けていく様はあの姿でさえ可愛い。 「恭也ってハル君の事となるとセナ化するよね」 「そりゃそうだろ。 異常な愛情を注いでるって、本人が認めてんだから」  何やら張り切って出て行った恭也は、これからETOILEの出番のためドームの楽屋へと移動する頃合いだ。  あちらで変身を解いた葉璃と合流し、ヘアメイクと衣装のセットが完了したら成田から連絡がくる手筈となっている。  何事も無ければ連絡をするなと伝えてあるので、無事本番を乗り切った今、邪な見方しか出来なかった聖南だがひとまずホッと胸を撫で下ろした。  だがもう一つ、聖南には心配事が残っている。  それを確認するため隣の部屋へ向かおうとした足が、ピタと止まった。  サマースーツに身を包んだ佐々木が、未だ過激な衣装に興奮中だったのである。 「セナさんいいですね……。 私、一度でいいからあの子をお姫様抱っこしてみたいです」  ん?と振り返ると、佐々木は大真面目で聖南を見ていた。  気持ちは分かる。 とてもよく分かる。  丸出しだったヘソと太もも、小さくてぷりんとした丸いお尻、透き通るような色白の肌……そんなものを目にした日には、葉璃のことが好きだと豪語していた彼には目に毒どころの騒ぎではなかったのだろう。 「……してみる?」 「……ッッ!? いいんですか!?」 「ウソ。 いいわけねぇだろ」 「は!? てめぇ……! よくもそんなしょうもねぇ嘘吐きやがったな!? やるか!? 表出ろ!」 「上等じゃねぇか! 右腕使いもんにならなくなっても知らねぇかんな! 二秒で勝負決めてやるわ!」 「口ばっか達者で喧嘩のやり方忘れてるてめぇに負けるはずねぇだろ!」 「やってやろうじゃん!」 「はいはい、二人ともストーップ!」  胸ぐらを掴み合った二人の間に割って入ったのは、かつては泣きじゃくる事しかできなかったケイタだ。  面白いので様子を窺っていたアキラも、聖南の腕を引いて「落ち着け」と声を掛ける。  引き離されても尚、二人は睨み合ったままだ。 それはさながら、フーッと毛を逆立てた獰猛なネコ科動物の喧嘩のようである。  そもそも、佐々木の気持ちは痛いほど分かると理解を示した聖南が軽率な発言をしたために、その火種があまりにも大きかった佐々木が憤慨しただけの事。  けれど聖南は、揶揄ったつもりなど一切なかった。  今日だけに留まらず、何かと世話になっている佐々木であれば「一回だけなら姫抱きくらいはさせてやってもいいかな」と本気で思ったのだ。  ただ、一瞬後には「やっぱダメ」に気持ちが変わってしまいああなった。  決してふざけてはいない。 だから謝りたくない。 喧嘩ならいくらでも買ってやる。  昔を彷彿とさせる佐々木の勢いも相まって、聖南も一気に同じボルテージへとかけ上がってしまった。 「二人がこんなしょーもない争いしてたら、ハル君はどう思うかな?」 「くだらねぇ言い争いするセナの事も佐々木さんの事も、ハルは迷わず「嫌いです」って言うと思うけど?」 「…………ッ」 「───嫌だ!!」 「だろ? じゃあもうおしまい。 心ん中で葉璃を労ってやれ」 「そうだよ。 ひとりぼっちで頑張ったハル君に、二人が喧嘩してたよって報告しなきゃいけないなんて可哀想だよ。 しかもその原因が? お姫様抱っこをするかしないか? こんなのハル君には聞かせられない……」  アキラとケイタによる追い討ちに、聖南と佐々木は揃って苦い顔をした。  この事を葉璃に知られると「嫌いです」と言われるかもしれない、その言葉の衝撃はこの二人にはとても大きい。  乱れた襟元を正し、スラックスをパンパンと叩いた佐々木はいつもの能面に戻り、「では私はこれで……」とそそくさと退散して行った。  聖南もアキラからミネラルウォーターを受け取って一口飲み、ふぅと息を吐く。  あんな風に聖南と対等に喧嘩越しで言い合える相手は、これまでは当然アキラとケイタだけだったのだが……。  以前は恋敵として毛嫌いしていた佐々木には聖南の過去を知られているという事もあり、いいのか悪いのか、彼も聖南の素を見せられる数少ない人物となった。  しかしながら、佐々木の本性を知る人物というのもごく僅かだと思われるので、その辺はお互い様なのかもしれない。 「あ、……てかこんな事してる暇無えじゃん」  やはり只者ではない佐々木の握力でくしゃくしゃになった襟元を直していると、ハッとある事を思い出した。  これはLilyの出番前から気になっていたので、すぐにでも確認しに行かなければならない。 「なになに、セナどこ行くの?」 「隣。 ダンサーんとこ」 「……ルイが居るか確かめに行くんだろ」 「あぁ、そういう事ね。 前回もヒナタを追っかけてたもんねー」 「心配ならルイに電話してみりゃいいじゃん。 そっちの方が早くないか?」 「その手があった!!」 「え……セナ、いつからアナログ人間になったの」 「いや、今俺スマホ触んの恐怖でな……思い付かなかった」 「あー……」 「あー……」  社長を含めた三人での会食以降、意味深な言葉を残したレチェルがパタリと連絡を寄越さなくなったので、逆に怖い。  近頃遠ざけがちになっている仕事用のスマホから、ルイの番号へと掛けてみる。  するとすぐに呼び出し音は途切れた。 『はいはーい! こちらルイっす!』 「あ、ルイか。 今どこに居る? ホテルの楽屋居るよな?」 『え? 俺ならもうドームっすよ?』 「は!? お前またヒナタ追っかけてんじゃねぇだろうな!?」 『そんなぁ〜、そりゃ少しも下心が無かったかって言うと嘘になるっすけど、今日はマジで違うんす。 ハルポンが心配で楽屋で待ってるんすけど、連絡がつかんで困ってんすよね。 恭也と一緒におるならええんやけど……』 「…………は……?」 『さっきETOILEの楽屋が出来たって言われたんで、俺もうここで待機しときますわ。 てかハルポン、トイレに篭ってたりしてな……探しに行ってみよか。 ほなセナさん! 後ほど!」 「あ、ッ……ちょっ……。 ……心配、だと?」  聖南の予想は、半分アタリで半分ハズレだった。  なんとルイはヒナタを追ってではなく、間もなく本番を迎える葉璃のために一足早くここを抜け出し、現在すでにETOILEに用意された楽屋に居ると言う。  それはつまり、葉璃が本番を前にするとメンタルがガタガタになるという事を知っての、「心配」。  ヒナタを追っていてくれた方がまだ良かった。  胸騒ぎがする。 これまで以上に大きな胸騒ぎが。   「……悪い、俺先に向こう行くわ」  言うが早いか、聖南はアキラとケイタを残しホテルの部屋を飛び出した。  通話の内容を聞いていた察しのいい二人は、そんな聖南を止める事はしない。 「バレたらどうすんだよ……っ」  ルイが入れ上げている “ヒナタ” が、葉璃だと知られてしまったら。  一体……どうなるのだろうか。

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