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18♡心構え

 ───楽しかった……。  Lilyの本番を終えた俺は、彼女たちと一緒に楽屋へと戻る最中にも、高鳴る胸を押さえていないとこの興奮をやり過ごせなかった。  聖南が創った曲だってだけで、申し訳ないけどいつもより気合いもやる気も張り合いも違ったんだ。  曲作りなんて未知の領域だと思ってる俺みたいなド素人が、どんな心境で、どんな環境で創ったのか深堀りしたくなっちゃうくらい、聖南の創造するメロディーが好き。  俺の恋人は多才過ぎてついていけないよ。 追いかけようとしてる対象があんまりにも大き過ぎる。  全然追い掛けられてる気がしないけど……聖南、俺がんばったよ。  今日の衣装はちょっと露出度が高めだった。  でも全然気にならなかったよ。 ヘアメイクで別人にしてもらったから、恥ずかしさも少しだけだった。  いっぱい緊張して、手のひらにいっぱい「聖南」って書いて、膝がいっぱい震えたけど、聖南のメロディーを聴いた瞬間心から楽しめたんだよ、……って言ったら、聖南は褒めてくれるかな。  出番順の関係ですぐに会えないのが寂しいや。 「……あ! ヒナタちゃ〜ん!!」 「………………!」  ───え!?  メンバーが取り囲むようにして移動していた "ヒナタ" に、向こうから満面の笑顔でルイさんが手を振ってきた。  待って。 なんでルイさんがここに居るの!? CROWNの出番はまだまだ後の方だよ?  もしかしてまたヒナタのストーカーしに来たんじゃ……っ。 「ヒナタちゃーん!!」 「ルイさん、ここでは抑えて!」  足立さんが向こうでルイさんを止めてくれていて、幸い近寄ってはこれないみたいだ。  スタッフさんもたくさん行き交ってて、先月色々あったメンバー達の前でそんな大声出して……しかも大胆に手を振らないで……。 「ぷっ……ヒナタ、呼んでるよ。 手振ってあげなよ」 「え……!?」  揶揄わないでよ、ミナミさん……っ。  とは言うものの、ヒナタの大ファンを公言してるルイさんのファン心理は少しだけ分かるから……俺は小さく手を振ってみた。  楽屋に入る直前、ほんとに小さくだ。 「───ッッ! ヒナタちゃん……!! ヒナタちゃんが俺に……! 俺に手を……っ」  あ、喜んでくれた。  ルイさんは足立さんに止められたまま、両手を口にやって感激していた。  ファン心理ってそういうもの、だよね。  俺も、ステージの上から聖南に手銃された時、心臓が壊れそうなくらいドキドキしちゃったもん。  あの時の気持ちは、恋人とか先輩とかそんなものじゃ味わえなくて、会場に居るファンの子達と同じフィールドに居るからこそのとてつもないときめきと感動だった。  うん、うん。 だから気持ちはとってもよく分かるよ。 ルイさんはほんとにヒナタの事が好きなんだね。 「ヒナタ、着替え終わったら声掛けてね。 林さんに連絡するから」 「は、はい……っ、分かりました」  Lilyがこの楽屋を使えるのは、残り十分。  次のアーティストさんが到着するまで、一分でも早くここを空けてあげないと片付けに入るスタッフさんに迷惑がかかる。  仕切りカーテンの向こうに回った俺はひとまず、すごく地味な私服に大急ぎで着替えた。 そのあとはマスクをして、帽子を被って、首からはこのドームの出入り許可証のプレートを提げる。  俺に干渉しなくなったメンバー達も、今は自分の事で精一杯だからかカーテンの向こう側が大わらわだ。 「ミナミさん、支度できました。 いつでも大丈夫です」 「オッケー! 林さんに連絡しとく!」  撤収作業中のミナミさんはそう言うと、スマホも持ってない俺の代わりに林さんへ連絡してくれた。  少し経ってミナミさんに手招きされた俺は、廊下で待機していた林さんと成田さんに前後で挟まれて移動する。  なるべくスタッフさんが少ない時を見計らって、二人がかりで俺をETOILEの楽屋に連れてってくれる……というこの一連の流れは、林さんが一生懸命考えてくれた。  出番順もスタッフさんと掛け合ってくれたと聞いてるし、その気持ちと裁量がありがたくて、申し訳ない。  気付けばあと三十分後にはETOILEの出番で、二人には「お疲れ様」じゃなく「次も頑張って」と言われた。  だから俺も、お礼はそこそこに頷く事しか出来なくてもっと申し訳ない……。  "ETOILE 様" と書かれた張り紙が貼られた楽屋前で、一瞬たじろぐ。  それというのも、───。 「あぁぁーー!! ハルポンどこ行ってたんや! めちゃめちゃ探してたんやぞ!」  扉のノブに手を掛けたと同時に、向こうからその扉が開いてルイさんが現れたからだ。 「えっ? あ、すみません……」 「本番前に逃亡する癖、マジでやめぇや! 決まってこういう生の時だけ居らんくなりよって!」 「ごめんなさい……」 「心配したんやからな!」 「……はい……」  腕をグイッと引っ張られて楽屋の中に引き込まれると、帽子を取られて顔を覗き込まれた。  さっきヒナタに向かって手を振ってたよね、ルイさん。 ほんとに探してた?……なんてことは言えず、俺はつい、ルイさんの向こう側に見えた恭也を縋るように見詰める。 「ルイさん、もうその辺に。 葉璃だって、一人になりたい時、あるもんね。 逃げてるわけじゃ、ないもんね。 葉璃は、よく頑張ってるよ。 俺は、ちゃんと知ってる」 「……恭也……!」 「葉璃、お疲れさま」 「うん、……。 恭也、ありがと……」 「おいおーい! 一瞬で俺の存在忘れとるぞー!」  きゅっ、と優しく抱き締めてくれた恭也の背中に、腕を回した。  あー……安心する。  ヒナタの事を知らないルイさんにこう言われるのも仕方がないのかもしれないけど、俺だって好きで居なくなってるわけじゃないもん。  ついさっきまで女の子の格好して別人になって、ステージに立ってたんだもん。  恭也からの「お疲れさま」が、ひとりぼっちだった俺の心にじわじわ染みた。  心細かった、から……。 「葉璃の荷物、持ってきたからね。 忘れ物ないか、チェックしてくれる?」 「あっ、そうだった! 恭也ごめんね、ありがとう!」 「いいんだよ。 葉璃のためなら、俺、いくらでも動く。 なんでもいいよ。 喉が渇いたり、お腹が空いたり、眠たいときに、トントンしてほしかったり、寂しいときに頭よしよし、とか、……俺はなんでも、してあげたいよ」 「俺のこと甘やかし過ぎだよ、恭也」 「甘やかしちゃ、ダメなの? もう遅いんじゃない?」 「そっか。 よく考えたら俺、出会ったときから恭也に甘やかされてるね。 いっそ、ずっと甘えちゃおっかなぁ。 なんてね」 「うん、うん。 一生、甘えてて。 たくさん、甘やかしてあげる」 「ふふっ……ほんと?」 「ほんと」 「───おい……お前らマジで言うてんの? 俺、仲間外れにされてる気分なんやけど……」

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