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 らしくなく、まるでルイさんに見せつけるように俺を甘やかしていた恭也と目配せする。  呆れてるというか、ちょっとだけ除け者な感じを味わってる寂しそうなルイさんが可哀想になってきて、そっと恭也から離れた次の瞬間。  バンッ──と楽屋の扉が勢い良く開かれ、俺はその大きな音に飛び上がった。 「…………っっ」 「あれ、セナさん、?」 「うおっ、ビックリしたー! どうしたんすか、セナさん。 そんな慌てて」  俺をここに送り届けてすぐにどこかへ行ってしまった、林さんと成田さんはこんな開け方しない。  じゃあ誰なのかって、俺が振り返らなくても恭也とルイさんがその名前を呼んで「あぁ、」と納得する。  いや、納得はしたけど、なんでここにルイさんだけじゃなく聖南まで来てくれたのかは分からない。  振り返ると、聖南が息を切らして扉を閉めてるところだった。 「……葉璃を、労おうと思ってな」 「え……っ」 「あと三組後には出番だろ、頑張れよ」 「は、はい、がんばります」  えぇ? それを言うためだけに、わざわざ来てくれたの? しかもそんなにはぁはぁ言うほど、走って?  あぁ……そっか。 俺が本番前に隅っこでイジイジするの知ってるからだろうな。  優しいなぁ……聖南。 「そういや、なんでハルポン衣装脱いでんの? 恭也は着たままやん? ホテルで着替えたんか?」 「あっ、え、あの……っ」 「葉璃は暇さえあればシャワー浴びたがるくらい潔癖だからな。 衣装のまま汗かくのヤだったんじゃねぇの? な?」 「そうです! うん、その通り!」  何食わぬ顔をして俺のフォローをしてくれた聖南こそが衣装のままで、カッチリとした白いスーツ姿だ(オープニングの時から思ってたけど、やっぱり聖南のスーツ姿はカッコいい)。  紺色のネクタイを緩めて、シャツのボタンを外して気休めに襟を掴んで扇いでる。  それでもまだ汗は引かないみたいだから、俺は長机にいくつか積まれた濡れたおしぼりを一つ取って、聖南に渡した。 「ほなはよ着替えんと。 メイクさん来てまうで?」 「あ、あぁ……ほんとですね! まったく俺はどうしようもないノロマで嫌になっちゃいますね!」 「いやそこまで言うてないやん。 俺はこっち向いとくから、さっさ着替えり。 恭也もセナさんも、ハルポンの着替えは覗いたらいかんですよ」 「は?」 「え?」  そ、そうだ、俺は早く着替えないと。 恭也と聖南から甘やかされてる場合じゃなかった。  俺は恭也から衣装を受け取って、どの楽屋にも設置されてるらしい少し大きめの白いパーテーションの裏に引っ込んだ。  今日の "ハル" の衣装は、カジュアルな赤いスーツ。 ギンガムチェック柄。 シャツは薄いピンク色で、ネクタイの代わりに黒い紐のリボンを結ぶ。 ズボンは黒だけどスラックスにしては少しタイトだ。  対して恭也はシックな上下濃いブルーのスーツで、俺の紐リボンのところは男性らしい青いネクタイ。 背が高くて、スーツが似合う男になった恭也の立ち姿はすごくかっこいい。  俺はなんか……誰が見ても可愛い系だな。 恭也が随分前に俺に言ってた、「弟系」という単語も、今ではいっぱい耳にしているくらい定着してる。  俺と恭也の衣装にはすごく差があるけど、そこはもう気にならない。 オープニングの出番の時、聖南はもちろんアキラさんやケイタさんから「似合ってる」と言ってもらえたから。  俺が着てて変じゃないなら、いいんだ。  この狭い空間には鏡がなくて確認出来ないから、シャツのボタンをかけ違えてないかとかリボンが曲がってないかとかを気にしながら、慎重に着替えていく。  ドーム内でパフォーマンス中の女性ソロ歌手の声を遠くに聴きながら、そろそろ本番だと思うと指先が震えそうになった。  でも聖南が来てくれたからがんばれそう。  お願いしたら、本番前にぎゅってしてくれるかな。 「迂闊に脇腹触ったら怒るもんなぁ、ハルポン」  ………………っっ!  パーテーションの向こう側で、ルイさんが今絶対に言わなくていい余計な一言を放った。  ちょうど俺が、聖南にぎゅってしてもらう妄想に入ろうとした時だったから、思わず手が止まる。  何にもやましい事はないのに、俺に甘い二人……聖南と恭也が黙ってないかもしれないよ。  それ以上何も言わないで、というか言わない方がいいよ、ルイさん。 「はぁ? 葉璃の脇腹触ったのか?」 「え? 葉璃の、脇腹、触ったんですか?」 「〜〜〜〜っっ、ルイさん!!」 「え、俺なんかマズイこと言うた?」  ほら……聖南と恭也の声が重なった。  何にも悪びれてないルイさんに悪意が無いって事は分かるけど、今それを言わなくていいでしょ……! 「葉璃の脇腹触ったって何?」 「着替えの時にな、右の脇腹に傷があるの見てもーて。 それどしたん?いう会話したんすよ」 「……それで?」 「ハルポンは転んだとか何とか言うてたけど多分違いますよね。 ……ってか誤魔化すいうことは、傷の理由は言いたくないんやろなと」 「……傷のことは聞かないでやってくれ。 葉璃、着替え終わった?」  聖南の声が変わった事にオロオロしていると、パイプ椅子から立ち上がる音がした。  足音が近付いてくる。 たぶんこの足音は、恭也じゃない。 ルイさんの何気ない発言にヤキモチを焼いた聖南だ。  パーテーションからチラ、と覗いてきた長身の影。 俺の予想は大当たりだった。 「あ、……! は、はい……」 「ちょっと見せて」 「えっ!? あの……っ」  狭い空間にずいっと入ってきたアイドル様の顔が、もう何回も見た事のある表情を浮かべていた。  脇腹触られただけですよ、二回だけ。 ……こんな弁解をしようもんなら、聖南の形の良い唇がムムムッと尖るのが目に見えてる。  じわりと迫ってきた聖南に、腰を抱かれた。 『葉璃、どういう事? ルイに脇腹触らせたの? なんで? どういう状況で、どんな風に触られた? てか俺に内緒にしてた理由は?』  ……綺麗な薄茶の瞳だけで、追及されてしまう。 怖いけど、ドキドキする。  聖南のヤキモチ焼いて怒った顔は、いつ見てもキュンキュンする。

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