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パーテーションの上からは、聖南の頭がちょこっと見えてるはず。
万が一ルイさんに覗かれて、親戚って事になった俺たちがこんなに密着してたら変に思われちゃうよ。
無駄な抵抗だと思いながらモゾモゾ動いて離れようとしても、俺が聖南の力に敵うはずはなかった。
「……ルイさん、一緒にケータリング、見に行きましょうよ」
「はっ? 今か? 恭也、本番前に食うタイプやった?」
腰を抱かれたまま、思いっきり背中を仰け反らせて「どうしよう」と「キュン」の狭間でぐるぐるしかけた時だった。
パーテーションで仕切られた向こうで俺があわあわしてるのを悟ってくれた恭也が、普段ならあり得ない誘いをルイさんに持ちかける。
本番十五分前。
まだ俺たちはヘアメイクさんによるセットも完了していないのに、緊迫した生放送の出番前に悠長な事を言う恭也に、もちろんルイさんは驚いていた。
「本番後に、食べたいんで、品定めを。 葉璃の着替え、もう少し、かかりそうだし」
「ま、まぁええけど……あと十五分も無いんやから、少しよ?」
「はい。 葉璃、セナさん、俺たち少しだけ、席外しますね」
「…………っ」
「りょーかい」
うわぁ……ごめんね、恭也。 気を利かせてくれたのが分かるだけに、俺はいたたまれない。
聖南と同じく、ルイさんの余計な一言に引っ掛かってた恭也には、ぜんぶお見通しだった。
ヤキモチ焼きな聖南が、あんな事を聞いて黙ってるわけない。 すぐにでも俺を問い詰めて、俺に触らないと気が済まない……って、聖南の思考に似てきた恭也には完全に読まれていた。
二人が出て行ったと同時に、腰に回った手のひらの力が強くなる。
いじけたような怒ったような表情と、追及したい気持ちがありありと分かる薄茶の瞳を見上げると、ジッと俺を見詰めていた。
この期に及んでも、テレビ用のメイクをしたアイドル・セナに見惚れてしまう。
ドーム内の興奮を聞き流して、二人だけの密室空間のなか見詰め返すと、今度は両腕を使ってぎゅぎゅっと抱き締めてくる。
「マジで最高な」
「……恭也ですか」
「あぁ。 俺がイチャイチャしたい気分だって、なんで分かったんだろ」
「着替えのチェックしに来たからですよ。 ……チラッて」
「苦しかったか」
「ふふっ……かなり」
恭也と俺にはすぐに分かったよ。 それが口実だって。
ドキドキしてしまった俺の心なんか知らないフリで力いっぱい抱き付かれると、身長差のせいかちょっとだけふわっと体が浮いた。
こうして胸に顔を埋めてたら、肝心の聖南の表情が見えないんだけどな。
「葉璃、……ルイに体触らせた事あんの? 柔軟以外で?」
「えっ、あ……いや……」
うぅ……追及は忘れてなかったみたいだ……。
触らせたって言うと語弊があるような気がするけど、でも触られたのは事実だし否定するのも違う。
脇腹は二回とも不意打ちだった。 ルイさんにはまるで下心が無かったからそんなに聖南が目くじら立てる事でもない……なんて俺の考えは、聖南には通用しないよね……。
あとから怒られるのはヤだから、ちゃんと事実を言っておこう。
「……あります」
「はぁ……」
「でもそんなやらしい感じではないですよっ? その傷どうしたんやって! 気になったみたいで……!」
「葉璃、早口になってんぞ。 俺に嘘は吐けねぇよ? 隠してる事、まだあるんじゃねぇの?」
「なっ? な、ないですよ!」
ドキッとした。 勘が鋭い聖南の前で狼狽えちゃいけないっていうのに、俺は嘘が下手ですぐどもる。
……ごめんなさい、聖南……。
実は、隠してることならある。 でもこれはあくまでもルイさんのプライベートな話で、誰にも言わないでほしいって頼まれたから俺は言っちゃいけないんだ。
思い出したら悲しくなってしまうし、その事をなるべく考えないようにしてるルイさんの明るさが切なくなってくる。
ここはあんまり追及しないで……ともう一度聖南を見上げると、ふと俺の体を解放した聖南がとっても苦い顔をしていた。
「あー違う。 ……違う。 ごめん。 「お疲れ様」、が先だった」
「あっ……いえそんな……」
「葉璃のヘソとケツばっか見てたけど許して」
「え!? そうなんですか!? 俺すごく楽しかったから、そこばっかり見てたのはちょっと……!」
「いや、楽しそうだったのは伝わった。 真顔だったし "ヒナタ" メイク濃かったけど、俺には分かったよ。 ……本番が楽しみだって言ってたしな」
「そうですよ。 聖南さんが創った曲だってだけで、なんか……レッスンの時からずっと元気貰えてたんです。 本番のスイッチも、意識しなくてもちゃんと入りました。 聖南さんのおかげです」
俺が聖南に言いたかったのは、これだよ。
不測の事態に備えてサポートについててくれた林さんと成田さんが居ても、Lilyの楽屋や本番中はひとりぼっちだ。
どうにか本番前の震えを抑えたくて、何回も何回も手のひらに "聖南" って書いた。
スマホだけでも持ってくれば良かったってすごく後悔してたんだよ。 そうすれば、聖南の写真を見たり聖南の曲を聴いたりして、もっと勇気貰えてたのにって。
「……かわいーな」
呟いた聖南が、解放したばかりの俺の腰をすかさず掴んだ。
グイッと引き寄せられて、さっきより顔を寄せられる。
「せ、聖南さん……っ、ここではダメですよ……!」
「一分だけ」
「いやでも二人が戻ってき……んっ!」
俺の抵抗なんて、聖南の前ではいつも無意味。
簡単に唇を塞がれると、その瞬間自分から背伸びして聖南の首に両腕を回す。
あったかい舌が俺のと交ざりたいってツンツンしてくるから、俺もツンツンし返して煽った。
絡まる二つの舌と、抱き締めてくる腕の力強さに興奮した。
頭の中が、全身が、ぽわぽわする。
漏れ聞こえてたはずの重低音も熱狂する声もたちまち聞こえなくなって、聖南とのキスに夢中になる。
「……っ……ん、っ……」
「葉璃ちゃん声抑えて」
「…………っっ」
「ちゅーしてるだけだろ」
「……っ、……っ」
「声抑えらんねぇ?」
「……ん、……ん、」
「シーッ」
「…………っっ」
なんで聖南は、ちゅーしながら喋れるの?
俺、声出してる?
全然自覚は無かったけど、合わさった聖南の唇がニコッて笑ってる気がした。
また俺たちは禁断の密会をしている。
膝に力が入らなくなるくらい、本番前の緊張感をふっ飛ばすくらい、甘くて熱い聖南からの愛を受け取ってるだけ。
恋人がアイドル様だって、だけ。
「……ぷはっ」
「帰ったらプチお仕置きな、葉璃ちゃん」
「な、っ!?」
「他の男にこの体触らせた、お仕置き」
「や、やだ……!」
「だいじょーぶ。 気持ちいい事しかしねぇから」
「────っ!」
形のいい濡れた唇がやらしかった。
そのイタズラな笑顔の隙間から覗く、聖南のチャームポイントである八重歯が可愛かった。
お仕置きとか言いながら、そんなの最初だけだってもう分かってる俺は、めいっぱい背伸びして聖南に抱きついた。
俺の右肩に顎を乗せた聖南も、しっかり抱き締め返してくれる。
あとちょっとだけ……このままがいい。
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