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テレビ局のスタジオだろうが、屋外の特設ステージだろうが、今日みたいな大っきい会場でたくさんの人を前にするステージだろうが、本番中全部同じ気持ちになれるってすごい事なんだっていうのを、俺はつい最近知った。
何回ステージに立っても、歌ってる時、踊ってる時に無になるのは変わらない。
出番直前は頭の中が真っ白けになって誰とも意思疎通できない……というかしたくない状態なのに、震える足でステージの上に立ってイントロが流れると、それまでが嘘のように目の前がキラキラになる。
それまでは繭の中に居るみたいなんだよ。
暗くて狭い場所で、人の声がすごく遠くに聞こえる感じ。 それは俺が、楽屋の隅っこでいじいじしてるからなのかもしれないけど。
今日のLilyの出番だってそう。
聖南が創ったメロディーがイヤモニから流れてくると、途端にパァッと視界が開けて、それに合わせて体が自然と動いてくれるこの感覚は未だに不思議だ。
ちなみにイヤモニっていうのはイヤーモニターの略で、こういう大きな会場では必須アイテムだったりする。 聴きやすいように調整された楽曲が正しく聴こえて、かつ会場の大音量で耳に不調をきたさないためのものだ。
今日のETOILEは、一周年って事もあってデビュー曲である「silent」の披露のみだった。
先月の生特番より出演者さんが多いから、まだまだ駆け出しの俺たちはセンターステージへの移動も今日は無かった。
振り付けをしながら、メインステージの上手と下手を行ったり来たりするのはドキドキしたけど、すれ違いざまに恭也が毎回視線を合わせてくれて助かった。
そしてなんと言っても、会場が赤と青の光で埋め尽くされる圧巻の光景は何度見ても涙が出ちゃいそうになる。
温かくて綺麗で、期待に満ちた美しいお星様がいっぱい。
恭也に熱狂してるお客さん達の表情も、ステージからは案外見える事にも最近気付いた。
緊張するなら目の前をじゃがいも畑だと思え、……なんて言ってた聖南の助言は、実は今もまだ理解不能だったりする。
「ハル君、恭也、お疲れー!」
「お疲れ。 ハル、恭也」
「あっ、ケイタさんとアキラさん……!」
「お疲れ様、です」
本番を終えた俺は、いつもの事ながら足がガクガクするから恭也に支えられて楽屋に戻った。
廊下で待っててくれた林さんも一緒に中へ入ると、ついさっきまでETOILEの楽屋だったここがCROWNの楽屋に様変わりしていて、衣装を着た長身のお兄さんが二人増えていた。
「俺たちも七組あとだから呼び出しあって、ちょうどいいからここ貰ったんだ。 スタッフの手間も省けんだろ」
「あ、あぁ……そうなんですね」
恭也から聖南へ、俺が引き渡される。 二人はいつもこれをすごく自然にやってのけてるけど、聖南と恭也は何かそういう契約でも結んでるのかな。
「あと五分もせんとダンサーも到着してここに待機って事やから、この楽屋が鮨詰め状態になるなぁ」
そうなんだ。 珍しい。
CROWNはどこに行っても特別待遇なのかと思ってたけど、会場によってはそういう事もあるんだ。
ルイさんが居るからこの場で俺をぎゅって出来ない聖南が、ちょっと不満そうに見えるんだけど気のせいかな。
「葉璃お疲れ」って耳元で囁くのやめてほしい。
ただでさえ膝がプルプルしてるのに、聖南の声聞いたら体に力が入らなくなっちゃう。
「ハルポン、恭也、お疲れさん。 二人は林さんが送るんか? 出番後なら俺送ってやれるけど?」
「いや……僕は恭也くんをホテルに送って事務所に戻ります」
「え? じゃあハルポンはどないするん?」
何となく気まずい空気が流れる中、ルイさんが俺と恭也と林さんを順番に見た。 アキラさんとケイタさんと成田さんは、ルイさんを見てる。 聖南はジッと俺を凝視してるから論外。
ここで事情を知らないのはルイさんだけで、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。
だって俺は当然聖南と帰るもんだと思ってたし、恭也は待機してたホテルにそのまま泊まって明日の撮影に行くって言ってたから……。
「葉璃は俺が送るよ。 親戚だし、な?」
「あ、は、はい、っ……すみません、面倒かけます」
「プフッ……!」
「…………ッッ」
「あぁそうか」と頷いたルイさんと、したり顔の聖南、慌てて話を合わせる俺。
そんな俺たちを見ていたアキラさんとケイタさんが、なぜか同時に背中を向けてクスクス笑った。
ルイさんがダンサーさん達を迎えに行って席を外してる間、話が見えなかったらしい恭也にコソッと問われる。
「───ねぇ、葉璃。 親戚って、何の事?」
そうだ。 何日かに一回しか会えない恭也には、このこと話してなかったんだっけ。
クスクス笑ってたアキラさんとケイタさんはもう知ってると見て間違いないから、恭也にも話しておかないとね。
「えっ、あ……実は、……」
……俺が下手くそな説明を恭也に耳打ちした直後。
「ぷっ───! ふふふふっ……ッ」
ネクタイを緩めながら真剣に聞いてくれてた恭也が、両手で顔を覆って声を殺して爆笑した。
何? なんでそんなに笑うの?
背中向けて肩揺らしてる、お兄さん二人も。
「ね、ねぇ、恭也? そんなに可笑しい? 面白い?」
「えっ? あぁ、ごめんね、……おもしろい」
「なんで!?」
「セナさんと葉璃が、親戚なんて……。 しかも、兄弟とか、従兄弟とか、そういう明確なものじゃ、ない。 〝親戚〟……」
「分かる〜! 俺も聞いたとき笑っちゃったよー!」
「絶妙なんだよな。 そこまで近い血縁ではない、みたいな」
「ふふふふふ……っっ」
いやいや、そんなに笑う事かなぁ?
何ヶ月かに一度くらいしかお目にかかれない恭也の爆笑が見れて、俺は嬉しいけど……複雑だよ。
アキラさんとケイタさんが同調するから、余計に笑いを堪えきれてない。
事情を知った成田さんと林さんまでクスクス笑ってるし……。
聖南、どう思う?って振り返ってみると、聖南はそのクスクスには参加せずまだジーッと俺を見ていた。
書斎でパソコンに向かってる時と同じ、すごく集中してるような真剣な表情だ。
「……聖南さん……?」
「あ? あぁ……悪い。 さっきのヘソとケツが頭から離れなくて」
「えっ!?」
「なんか……葉璃のこと見てるだけでイけそう」
「えぇっ!?」
何言ってるの、聖南!!
聖南の真剣な顔は怒ってるように見えるんだから、そういう紛らわしい想像しないでてほしいよ!
しかもとんでも発言まで飛び出した事で、出番後の手足のプルプルとドキドキが一気に消えた。
「なぁ、〝親戚〟のお兄さんとやらしい事しよっか?」
「〜〜〜〜!? 聖南さんっ!!」
聖南……完全に変なスイッチ入っちゃってる。 ここがどこだか分かってる?
俺たちにとっては神聖なステージの裏側に居るんだよ。
今から七組後……約一時間後には会場中のお客さん全員を大熱狂させるCROWNのリーダー様が、まさかこんなとこで瞳をギラギラさせて恋人に盛ってるなんて。
「……今日もセナとハルは平和だな」
「ほんとほんと」
「葉璃、怒ってる。 可愛い」
───三人とも、心が広過ぎるよ。
顔を真っ赤にして目をウロウロさせてる俺の方が変みたいだ。
肝心の年上の恋人は、「ルイが戻るまで食べさせて」とか言いながら首筋をはむはむしてくるし。
俺は、……どうしてるのが正解なのかな。
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