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… … …
だんだんと夜が深くなってきた外の景色に、寂しさを感じ始めてた時だった。
「──ルイを説得してくれたんだって?」
「聖南さんっ!」
時計とにらめっこしていた俺の背後から、大好きな人の声がした。
振り向くと、眼鏡姿の聖南がニコッと微笑んでくれて心臓がギュッとなった俺は、ほんの数歩の距離を走り寄る。
「おぉっ、どしたの。 飛び付いてきて」
「……聖南さんーっっ」
「お疲れ、葉璃。 今日もかわいーな?」
「聖南さん……会いたかったです……」
「俺もだよ」
俺が飛び付いてもビクともしない、長身の恋人。
優しく抱き締め返してくれて後ろ髪を撫でられると、今日の小さなストレスが吹っ飛んだ気がした。
つい一時間前にここで繰り広げられた会話の最中、気が重いどころか俺は気配を消していたかった。
あのあと恭也と林さんが到着して、二時間近くかけて候補者全員のプロフィールとVTRを何度も見返したんだけど……。
ルイさんもそのまま残ってて、なんとあの穏やかな恭也とルイさんが一触即発だったんだ。
それこそが、聖南に会いたくてたまらなかった理由で──。
『──なんでなん』
『このVTR観たら、ルイさんを、除外するわけには、いきません』
『いやいいって、恭也。 はじめから俺はおらんかった事にしてくれたらええやんか』
『そんな事、出来ません。 他の候補者の方に、悪いとは、思わないんですか』
『………………』
『大塚のレッスン生だったり、フリーの方だったり、ネットで活躍している方だったり、候補者の方々の経歴は、様々です。 本気でデビューしたいと、思ってる方が、大塚社長達の目利きによって、選ばれたんです。 俺達も、真剣に、仲間を迎え入れる準備を、しています。 ルイさんだけの希望を聞く事は、出来ません』
恭也らしくなかった。
淡々としたいつものゆっくりな喋り方ではあったけど、横顔がめちゃくちゃ怖かった。
いや……恭也はちょっと強面だから、真顔になると聖南より怒って見えるっていうのもあるかもしれない。
一通り素材を見終わったあと、「俺のプロフィールとVは弾いていい」とルイさんが言ってから恭也の目の色が変わった。
ルイさんも決して、適当な感じでは言ってなかった。 理由を知ってる俺には、少しツラそうにも見えたくらいだ。
でも俺も仲間になる人を選ばなくちゃいけない立場で、候補に上がった人達の思いを考えるとルイさんの言葉だけに耳を傾ける事は出来なかった。
明日からは聖南やETOILEに関わるスタッフさんも加わって、本格的なオーディションが行われる。
という事は、俺と恭也だけに決定権があるわけじゃない、から……。
『……ハルポンは? ハルポンも同意見?』
『……ご、ごめんなさい、……これについては恭也の意見に賛成です……。 ルイさんにも、他の皆さんと同じようにオーディションを受けてほしいです。 あ、うっ……あの、俺みたいな新人が偉そうなこと言ってすみませんっ。 俺なんかが選ぶなんてあり得ないと自分でも思ってます。 何なら、この候補者の皆さんと俺が替わった方がい……』
『葉璃、だめ。 それ以上言ったら、怒るよ』
『……うっ……』
ルイさんの気持ちも分かる。
ただ他にも候補者が居て、ルイさんもそのうちの一人なら、真剣にオーディションを受ける他の人達と同じ条件で参加してほしい。
結果は考えずに。
候補の面々には俺より有望な人達ばかりが上がってるし、重たい場の空気に耐え兼ねた俺の口が勝手にネガティブな事をベラベラ語り出すと、恭也からジロッと睨まれて背筋が凍った。
恭也の前では絶対に言っちゃいけない事だった。
帰る間際に「葉璃、怖い顔してごめんね」ってギュッとハグしてくれたけど、俺もごめんなさいだ。
頭の中がぐるぐるしてつい思ってもないこと(ちょっとは本心)を言った俺は、恭也があんなに加入メンバーについてを真剣に考えてたと知ってすごく意外だった。
「……という事がありまして、……俺が説得っていうより恭也が……」
「へぇ。 恭也がそんなことを」
「はい……」
聖南が迎えに来てくれると知って、一時間ぐらいなら待ちたいと言った俺が寂しくても応接間に残ってたのは、すぐにでもこの話を聖南にしたかったからだ。
ここへ来る途中で林さんから連絡を受けてたのか、聖南が概要を聞いてたのなら尚さら。
俺よりも恭也の方がオーディションに前向きな事と、実力的にほとんどメンバーに決まったも同然なルイさんが、やっぱり加入を渋ってる事。 この二点。
腕を組んで窓辺に立った聖南が、眼鏡を外しながら俺を振り返った。
「俺も候補者リストとV観たけど、ルイが圧倒的なんだよな。 歌もダンスも、見栄えも」
「……ですよね」
「どんな関係があるのかは分かんねぇけど、ルイは社長のゴリ押しもあるからほぼ出来レースだ。 それが納得いってないのか、アイツは前から加入渋ってるが」
「色が違う、ダンススタイルが違う、とか言ってました」
「あぁ、そういえば言ってたな。 最初は葉璃のこと目の敵にしてたし、単にアイドルってジャンルに嫌悪感があるのかと思ってたけど」
違ったのかな、と首を傾げる聖南に俺も近寄って、何気なく窓の外を眺めた。
大塚事務所のビルは都会の中心にあって、階下を見下ろすとこの応接間の静けさが際立つくらい、昼間みたいに明るく活気がある。
ルイさんは今頃、おばあちゃんのお見舞いに行ってるはず。 時間外だけど看護師さんにお願いしてみるって言ってた。
ほんとは一番、ETOILEの色に馴染みそうなのに……事情を知ってるからこそ、俺はルイさんを押してあげられない。
他の人達と同じスタンスでオーディションを受ける事のないルイさんが、恭也に諭されて今どんな思いでいるのか……。
「……そうじゃない、かも」
「理由、何か聞いたの?」
「えっ?」
「ルイがETOILEに入りたくねぇ本当の理由」
「あ、あぁ……いえ、……詳しくは……」
「そっか」
ふいに向けられた視線が意味深に感じるのは、俺が隠し事をしてる後ろめたさに押しつぶされそうだから。
「久々にメシ食って帰ろ」と笑顔で俺の肩を抱く聖南に、話せないのがツラい。
もっと違う理由だったら迷わず秘密を共有してもらうのに、これだけは俺の口から喋っていい事じゃないんだもん……。
──このオーディション、一体どんな結末を迎えるのかな……。
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