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19♣夢 (♣=ルイ)

─ルイ─  ──先月来た時よりもガリガリやん。  あとどれぐらいこうしてられんのやろか。  大部屋は嫌やとゴネて寂しい個室に入ってる、御年七十八歳の俺のばあちゃん。  音を立てたら起きよるかもしれんから、俺は立ったまま痩せこけた寝顔を見詰めた。  どれだけ考えんようにしても、ちょっとしたスキマ時間にはいっつもばあちゃんのことを考えてまう。  あんま来させてくれんし、起きてる日中は俺が仕事中やろ言うて断固面会拒否で会話は電話やし。  寝とる時に会いに来るしかないから、わざわざ裏口開けないかんって看護師さんも困ってはったよ。  そこは俺の無敵スマイルで交わせるからええものの、来る頻度はそんなに上げてやれん。 看護師さんも仕事中やしばあちゃんもそれを良しとはせんやろ。  本音は、ワガママ言わんと大人しく見舞わせてほしいもんやけど……まぁ夜の蝶には夜の蝶なりの考えがあるってことにしといたる。  ばあちゃんが俺の言うことなんか聞くはずないしな。  俺はいっつもばあちゃんのパシリや。 「……店どうしよか、ばあちゃん」  恐る恐る寝顔に話し掛けてみても、起きるどころか点滴の繋がった腕はピクリともせんかった。 寝てるだけやよな?って心配になるほどや。 「……また近々来るからな」  看護師さんに頭下げて、ローンで買った国産の軽自動車に戻る。  運転席に乗ると、降りてちょっとしか時間経ってないのにもう熱気が充満し始めてて暑い。  急いでエンジンを掛けた。  でもなかなかギアをパーキングに入れられん。  見舞いに来るといつもこう。  ハンドルを握って運転する真似だけして、何回も何回も溜め息を吐く。 「どうしよかって聞いてるんやから、答えてくれてもええやん……」  一人になって、俺は独り言が多くなった。  店は売りたくない。  ばあちゃんの店は絶対売りたくない。  けどおそらくもう、ばあちゃんは店には立たれへん。  店ってのは、ばあちゃんが毎晩客とワイワイやってた、スナック「ルイ」のこと。  俺の名前付けるやなんてセンスどうかしてるなって言うたろー思て、今の今まで言えてない。  客から聞いた話じゃ、俺を引き取ってすぐこの店名に変えたらしいから、そりゃ言えんわ。  俺がちゃんと切り盛りする。  ばあちゃんがこうなってしまったからには何とか残す方向で話を進めたいと思っても、なんや今年入ったあたりから俺の人生が思いがけん方へ向かってる気がしてならん。  ばあちゃんの病気が発覚する二ヶ月前。  三月やったか。  随分前からの店のお得意様やった大塚社長が、俺にCROWNのバックダンサーの話を持ち掛けてきた。  ちなみにうちの店は都会の飲み屋街で四十年も前から変わらん場所で営業してるからか、サービスもたかが知れてて店内も狭いってのに、二軒目三軒目に利用する偉いさんが多い。  俺が色んな芸能事務所やらデカい会社の幹部やらと知り合いなんは、法的に認められてない歳から店の雑用を手伝ってたからや。  そんな縁もあって、俺の子役時代も知ってる大塚社長からそんな打診をされた時は「なんで俺なん?」が先立った。  あとで知った事なんやが、俺が路上で踊ってたところを仲間が動画で撮ってネットに公開してしもうて、それをたまたまケイタさんが閲覧した事から事態が動いたんやと。  まだ元気やったばあちゃんの前でその話をされて、どうしよかなとヘラヘラ笑ってたら頭を叩かれてこう言われた。 『ルイ、お前は芸能人やんけ。 CROWNってあのCROWNやろ? やるしかないやん。 ばあちゃん、セナさんに会いたいからコネ作ってや』  いや違うし。 俺、もう芸能人でも何でもない、ただの高卒のオトコの子やし。  しかも何? コネ作れやと?  調子いいこと言うてるわ、と鼻で笑いながらも、その場で引き受けたのは俺がばあちゃんには頭が上がらんから。  必要最低限の手伝いをして、高校さえ卒業してくれればええって、たまに俺をこき使うばあちゃんが肝心なところで放任してくれた恩がある。  何より、俺の家族はばあちゃんだけ。  親は俺が一歳のときに交通事故で呆気なく逝きよったらしい。  やからって両親の写真が一枚も無いってどういう事やねん。  父親方のばあちゃんに引き取られて、言葉の端々で「ツラいから思い出させるな」と匂わせてくるから、俺も「寂しい」とは言い出せんかった。  自分が夜の蝶やからか男の夜遊びには異様に寛大で、好き勝手させてくれるだけありがたいと思うようになったんは十五くらいからや。  しかしな、両親が居らんってなかなかやで。  ばあちゃんがその分愛情たっぷりかけてくれたかっていうと、ちょっと違うしやな。  叱咤激励の叱咤が多過ぎやった。  男やし軟弱に育てたらいかんと思ってたんかもしれんな。 知らんけど。 「……帰ろか」  呟いて、ブレーキを踏みながらギアとハンドルを握る。  俺はこうやって、元気やった頃のばあちゃんを思い出して懐かしい気持ちになってからでないと、病院の駐車場から出られんくなった。  俺を叱咤してくれてた唯一の家族が、風前の灯火。  あと何ヶ月……いやあと何日……?  日を追うごとにスマホが鳴ったらビクッと情けなく狼狽えてしまうんは、やっぱ俺も現状がいたたまれんのやろなと思う。

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