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19♣6
このオーディションは、社長から無理やり履歴書書かされてねじ込まれた、言わば出来レースやって俺は自覚してる。
やからって無条件で俺が選ばれるような甘い世界でないことも知ってる。
業界の偉いさん方は軒並み、売れる人材を見極める目を持ってるからや。
デビューする人間の性格なんかぶっちゃけどうでもよくて、事務所からすれば「売れるか売れないか、生き残れるか否か」の方が重要。
そやから……華々しい世界を夢見てる連中の汚い感情があとを立たん。
「……そんなん許されるかいな」
早速この業界の汚い部分を見てもうたが、おかげでよう分からん意欲めいたものが湧いてきた。
あんな奴らが選ばれて俺が落とされたら、二度とハルポンとは踊られへん。
それに、いつまでも付き人としてついててやれるわけやない俺の居らんとこで、今度はハルポンがその標的になるかもしれん。
あの性格や。 新メンバーに誤解されたまま拗れたら、充分あり得る話。
「──ルイさん! こっちこっち!」
事務所に到着して裏口から入った俺に、わざわざ待っててくれたらしいハルポンが両手で手招きしてきた。
いま試験真っ只中やないのか? 主役が抜けてたらあかんやろ。
これで俺のこと贔屓してないってどの口が言うてるんかな。
「おぅ、ハルポン。 おはよーさん」
「お、おはようって……! のんきですねっ? まったく!! 昼寝してたなんて信じられないです! みんなの反感買っちゃいますよっ?」
「もう買うてるわ」
「えっ?」
「なんでもない」
間髪入れずに口を滑らせてもうた。
しれっと知らん顔でハルポンに続いてエレベーターに乗り込んで、上を見上げる。
ここにハルポンしか居てないってことは、事務所の幹部らも、セナさんや恭也もお怒りなんやろな。
しょうがないねんけど。
ただし俺は、こんなくだらんことで足引っ張られても痛くも痒くもない。
物心ついた頃からずっとばあちゃんのパシリしとったし、最初はイヤでイヤでしょうがなかったハルポンの付き人にも三日で慣れた男や。
気持ち切り替えんのが早いのと、頼られる事に喜びを感じるパシリ気質な俺は少々の事じゃへこたれん。
な、ばあちゃん。 軟弱には育ってないやろ、俺。
「ルイさんがお昼寝してて遅刻したなんて事は言ってませんから。 言い訳は自分で考えてください」
エレベーターで四階へと上がる最中、そう律儀に報告してくるハルポンの方が、俺より焦ってるように見える。
「言い訳なんかせんよ」
この状況で笑うてたらハルポンからまた不真面目やと思われるんやろうが、俺は楽しくて笑顔になってるわけやない。
やったる。 ちゃんとやったる。
そんな気持ちでいっぱいなだけや。
「来たか」
ハルポンに案内されて入った、レコスタを一回り小さくしたようなブース内で腕を組んで待ち構えてたのは、完全にお怒りモードの社長やった。
「すまんな。 うっかりしててん」
「……遅れて来てその態度はどうかと思うぞ」
「…………スミマセン」
そらそうや。
大事な場面で遅刻したんは俺やし、頭を下げるしかない。
社長とセナさんと恭也、そしてダンス試験の時にも居った中年スーツ五人組にも順に詫びた。
……屈辱やな。
他の候補者らは別室で待機してるんやろう。
すでに全員が試験を終えたあとで、この場のピリピリ感は俺待ちゆえのようやった。
怒ってんのかよう分からんセナさんが、防音の透明窓の向こうから「準備できたら教えて」とヘッドホン越しに声を掛けてくれたんで頷く。
ハルポンが手渡してくれた水を一口飲んで、目の前のポップガード(マイクの前にある丸い網みたいなやつな)を見据えた。
指揮を取ってるセナさんに向かってオッケーサインを出すと、ヘッドホンから何べんも練習した曲のイントロが流れてくる。
三分ほどしかない、英語混じりのアップテンポな曲。
あんまりメジャーでない……てか俺はまったく知らんかったこの曲をたった一回歌うだけで、最終選考に残れるかどうかが決まるって難儀やわ。
我ながら入りは完璧。
音程もリズムも文句ない。
歌いだしてすぐから、透明窓の向こうの大人達がヒソヒソし始めた。 多分、いい意味で。
普段はこの方言と物言いで強く見られがちな声が、歌ってる時は優しいってもっぱらの評判や。
他の候補者連中に比べて、デビューしたい言う意気込みや熱意は確かに負けるかもしれん。
でもこの世界は実力がものをいう。
負けへん。 負ける気がせん。
発破かけられて意欲燃やすなんてガキくさい事この上ないけどな、負けられんて思たんやもん。
汚いことして這い上がろうとする奴が居って、それをハルポンに向けられるかもしれんって考えたら狂いそうになったんやから……言われるまでもなく練習以上の力出したろ思うんは当然のことやろ。
他の候補者連中を圧倒出来てるかは分からんが、レッスンやボイトレなんかに通った事がない俺がなんで、自分でもビックリなほどに喉が強いか言うとスナックで毎晩のように歌うてたから。
……いやそれはちょっと語弊があるな。
ばあちゃんに歌わされてた、て言うた方が正しい。
夜遊びしてようが女と居ようが構わず呼び出されて、「とりあえず三曲ほど歌うたら好きにどこでも行け」って……俺はあんたのなんやねんと何回思たことか。
羞恥心なんか無いから、思いっきり客の前で足踏ん張って腹から声出してたわ。
昭和歌謡から最近の流行りの曲、もちろんCROWNのもETOILEのも歌うたことがある。
今考えると、何べんもその場に居合わせた大塚社長にはそこを見込まれたんかもしれんな。
客前でも堂々としてるし、ダンスかじってるからリズム感もあって、何とか音程も取れる。
カラオケ行ってめちゃめちゃ歌のうまい友達おったら、ソイツばっかりに歌わせたなるやん? それが俺、みたいな感じやな。
「──お疲れ、ルイ。 とりあえず今日のところは直帰で」
「セナさん、……お疲れっす。 時間取ってもろてありがとうございました。 てか帰っていいんすか? 他の人らは?」
「ルイが来る十五分前にみんな解散した」
「あー……そうなんすね」
待機じゃなく帰ってたんか。 それやと文句も言われへんやん。
なんてな。
文句言うてどうなるもんでもないし、実際会うたところで話する気も起きん。
人を騙すような男とは口も利きたないわ。
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