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19♣7

 セナさんに頭下げて、恭也とハルポンにも頭下げて、まだ顔がブチキレてる大塚社長とスーツ五人組にも「お疲れっした」と声を掛けた。  ハルポンから貰ったペットボトルを手に、一人でエレベーターに乗り込む。  こないだのダンス試験では二時間以上費やしたのに、今日はたった十分ほどやった。  これで人生が変わるかもしれんって考えると、マジでスゴイよなぁ。  一階まで降りてく間、なんの気無しに腕時計を見る。  まだ昼メシ食うてもええ時間やんか。 「まぁな……必死になる気持ちは分からんでもないねんけど……」  密室にひとりぽっちになると、得意の独り言が出た。  この業界を目指すからには、有名になりたい、金持ちになりたい、その辺りの夢を持ってる連中の欲深さは理解出来ん事もない。  しかも知名度もバックアップも抜群のETOILEには、何としてでも加入してあやかりたいと思うのが普通や。  けど、俺が釈然とせんかったのはそこやと気付いた。  夢を追うのは結構。  ただし今回はETOILEの新メンバー加入オーディションやろ。 恭也とハルポンと一緒に夢を追って行くんじゃあかんのか。  俺が聞いてた立派なおべっかスピーチの中身の一部は、どれもこれも自分の希望とする夢を語ってはった。  誰一人として、"二人と踊りたい"、"二人と歌いたい"、"二人と夢を叶えたい"、そういうのんが無かった。  まだETOILEはデビューして一年や。  だからこそ一緒に創り上げていけるんちゃうの。  なんで自分の夢ばっか追ってるんよ。 誰かを蹴落とそうとするヒマがあるなら、ETOILEの出演番組を手当たりしだいに見たらええのに。  二人の良さは、バラエティーでも音楽番組でもナチュラルに出てるっちゅーの。 「……ルイさん、……っ、ルイさん、……なんで……? 俺、ひっぱたくって言ったのに……」 「うわっ、ビビッたー! ハルポン上に居ったんやないの? どっから降りてきたんっ?」  エレベーターの扉が開くと、目の前にどんよりと黒い雲を背負ったハルポンが居った。  「非常階段から……」と呟くハルポンに、そうかと返事をする。  ハルポン……足が速いねんな。 しかも全然息切れしてないやん。 凄っ。 「ほんまごめん。 ひっぱたいてもええよ。 でも熱入れて歌うたから自信はあるで、俺」  騙されてしもたから言うても、実際に遅刻してもうたのは俺や。  ここは潔くひっぱたかれようやないの。  デカい事務所の一階ロビー、奥まった位置にあるとはいえエレベーター前で目立つのはどうかと思たが、ハルポンの気が済むならと俺は屈んでほっぺたを差し出した。  なんかハルポンが泣きそうやねんもん。  俺が朝イチでハルポンに連絡して確認取っときゃ、こんな事にはならんかったのに。 こんな可哀想な顔させんかったのに。 ……そう思うと、ひっぱたかれても足らん。  心が痛い。 「……それはっ、……もちろん歌声もリズム感もやっぱり皆さんと全然違いましたけど……でもちょっと……」 「なんや」 「ルイさん、……プロ意識足りなさ過ぎませんか……? 俺がこんなこと言うと生意気だしぶん殴りたくなるかもしれないですけど、まさかお昼寝してるなんて……」  ん、と差し出した顔をグイと押された。  ひっぱたくつもりはないらしい。  プロ意識も何も、俺はそんな大それた人間やないんやけどな。  CROWNのバックダンサーしてるって時点で、そうなんのか?  ハルポンの言うてる意味を分かりかねたが、どこのどんな仕事でも大事なシーンでの遅刻はヨシとされんのが常やから、納得はする。 「……そやなぁ。 何も反論はございません」 「ルイさん、ふざけないで」 「ふざけてない。 ちょっと悔しいから意欲湧いてきたし」 「……悔しい? どういう意味ですか……?」 「ハルポンをガッカリさせてすまんかった。 マジで、……二度とこんなこと無いようにするわ」 「ほんとですか……? 俺、ルイさんのこと贔屓してるって思われるの嫌なんです……ルイさんが本気になってくれないと、俺……ルイさんと一緒に踊れないじゃないですか……」  えぇ……そないなこと言うてくれるん?  こないだ一晩中俺のこと考えてくれてたって、あれやっぱマジやったんかな。  ハルポンにここまで言わせて、奮起せん俺やないよ。  贔屓してるなんて、誰にも言わせん実力見せたるよ。  ……この遅刻が選考に響いてないとええけどな。 「ハルポン可愛いこと言うなぁ。 キュンや」 「またふざけてる……」 「ふざけてないって、……」 「──葉璃」 「あ、……聖南さん、恭也……」  向かい側のエレベーターから颯爽と降りてきたんは、セナさんと恭也。  この二人は俺を、ではなく、ハルポンを追ってきたんやろな。 「恭也、セナさん、今日はほんまにすみませんでした。 次回があるかは分からんですけど、こんなこと二度と無いようにします」 「あぁ、そうしてくれ」 「……お願い、します」  筋を通しとかんとどうも気持ち悪くて、二人にはもういっぺん頭を下げた。  セナさんと恭也は、上のスーツ集団よりも穏やかや。  遅刻なんて許せるか!て怒鳴られるかと思たんやが……特に芸歴の長いセナさんには。  二人からハルポンに視線を移した俺は、腕時計を見ながら頭にスケジュール表を思い描く。  前回の試験のとき同様、明日の仕事の確認をしようとしたんやけど……。 「ハルポン、明日は午前フリーで、午後は……」 「十三時から取材二件と十六時から打ち合わせ、ですよね」 「そうや。 スケジュール完璧に覚えてて偉いやん」 「……ふふっ。 ルイさんにも教えなきゃいけなくなりましたね。 今日みたいなことがあったら大変」 「もう言わんでくれ。 ドロドロな感情に巻き込まれて反吐が出そうなんや」 「…………え?」 「それじゃ、俺は失礼します」  しもた、また口が滑った。  誤魔化すためにハルポンのやらかい髪の毛をくしゃくしゃに掻き回して、二人に会釈した俺は裏口へと早歩きで向かった。 「なんでやねんっ」  地下駐車場に駐めてあった車内は冷気が残ってて、乗り込んですぐこう喚く。  なんでや。 なんでや。  なんで、ハルポンには何でもかんでも言うてしまいそうになんの?

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