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… … …
歌唱試験から一週間が経って、今日の夕方いよいよ最終選考に残ったメンバーが発表される。
しかしそれは、……突然やった。
ハルポンが来月出演する音楽番組の打ち合わせを終えて、そろそろ事務所に寄ろうかというとき、着信があった。
林さんか、ダチか、社長か、不動産会社のおっちゃんか、いずれかやろと頭の中が勝手に能天気脳になってしもてたのが、……あかんかった。
「────ッッ」
手に取ったスマホの画面に表示されてたんは、"野本総合病院" 。
……なんや。
どういう事……?
嘘やん。 嘘やん。 嘘やん。
そんなん急過ぎるって。
あかん。 頭ん中が真っ白けになってきた。
どうしよ。
俺どうしたらええの。
店をどうするんかまだ聞いてないやん。
叱られて伸びるタイプなんに、これから誰が俺を怒ってくれるんよ。
あかん。 あかん。 あかん。 あかん。
こんなんいきなり過ぎるって──!
「ルイさん……? どうしたんですか?」
「…………」
「ルイさん……っ?」
持ってたスマホが俺の手の震えで床に落ちかけたのを、ハルポンがキャッチしてくれた。
指先の感覚が無い。
何も考えられん。
ハルポンが持ってるその電話を取ってしもたら、聞きたくない事を聞いてまうやろ。
だって俺は、うるさい夜の蝶に言われててんから。
『ばあちゃんが生きてるうちは病院からは連絡させへん』
「え、ちょっ、ルイさん! で、出ないと!」
瞬きもせんくなった俺の様子をおかしいと思たんか、ハルポンがスマホに表示された着信相手の文字列を見た。
その途端、肩をグイッと押される。
いや分かってるって。
そんなん言われんでも分かってるに決まってるやん。
分かってるに、決まって……。
「──あかん」
「いやそんなこと言ってる場合じゃ……!」
「あかん、出られへん。 出られへんよ……!」
「わ、わ、分かりました、それなら俺が出ます!」
あかん!!
思考停止した俺の代わりに、普段そんなことする人間やないのにハルポンが出しゃばってしもた。
「はい、もしもし。 ……あ、あの、はい、いえ俺はルイさんじゃ……っ! 彼、そばには居るんですけど今手が離せなくて……あ、そうなんですか、……えっと……」
あー……出てもうた。
俺のスマホを持って楽屋の隅っこに逃げて行ったハルポンを、立ち上がって追いかけるだけやのに足がぬかるみにハマってるようやった。
もう、……終わりなんか……?
このまま一生、病院から連絡なんてこんような気がしてた俺って、独りになる覚悟がまるで出来てなかったっちゅー事……?
ハルポンのそばまで行くと、険しい顔で見上げてきてこう言われた。
「身内の方しかお話聞いちゃいけないそうで……」
「………………」
でっかい溜め息を漏らした。
ほれ言わんこっちゃない。
勝手に出しゃばってスマホ奪うからやん。
出てしもたら、聞かないかんやん。
ばあちゃんの唯一の身内の俺が、……。
「……分かった、俺いまスマホ持たれへんからスピーカーにしてくれ。 ……あ、俺、ルイっす」
『ルイさん! お孫さんですねっ? ミネさんがICU病棟へ移動になりました。 面会に来られる場合は時間厳守となり、都度ナースステーションでカードキーをお渡しし、看護師が病室までお連れします。 これからですと十八時から二十時までの二時間が面会時間で……』
「い、行きます! ルイさん、その時間に必ず行きます!」
『はい、ではよろしくお願いします』
あ、ICU病棟?
なんや……ばあちゃん、まだ生きてんの?
……そうか。
…………生きてんのか。
何も耳に入ってこんかったけど、俺が最も聞きたなかった台詞は出てない、……よな?
「……ルイさん」
「…………」
スマホを俺に返そうか返すまいかの素振りを見せるハルポンを、ただただ見詰めた。
思考が停止したままや。
だってな、生きてるけど危ないんやろ?
よう知らんけど、ドラマとかでヤバい患者さんとか手術後の患者さんとかがICUってとこに運ばれてるやん。
いや、……あかんやん。
生きてたからってなんもホッと出来ひん。
ハルポン、そのスマホずっと持っといて。
俺この次の電話を取る勇気あらへんよ。
「……ルイさん、俺はひとりで大丈夫ですから。 行ってあげてください。 すぐに。 今日の結果は、……連絡します。 今は何も考えなくていいですから、すぐにおばあちゃんのところへ向かってください」
スピーカーにしてたから、ハルポンも通話の内容を全部聞いてた。
それやのに……酷なこと言うわ。
唇を噛み締めて、立ってられんくなった俺はその場に蹲った。
思わず目を瞑る。
独りになる恐怖がドンッと押し寄せてきた。
ずっと、孤独なんか感じんほど俺をコキ使ってたばあちゃんが、ほんまに親のとこにいってしまうかもしれん。
前回見舞った時、痩せたばあちゃん見て "あと何日こうしてられるんやろか" と考えてたが、あんなもん "まだまだ大丈夫や" って心のどっかで未来を期待してただけやった。
今日がその時やなかっただけで、間違いなくそれが身近に迫ってることを突き付けられて、眠ってるばあちゃんのところへなんかよう行けん。
「ルイさん……っ」
「……無理や……無理やって、そんなん……っ! ひとりでなんて行けるわけないやん! いや俺しか身内居らんから俺が行かなあかんのは分かってるよ! 分かってるけど! ……あ、……あんまりにも急で……」
「……ルイさん……」
ハルポンごめんな、見苦しいとこ見せてしもて。
でも無理なもんは無理なんよ。
まだ息があって生きてるのに、 "その時" みたいに泣き崩れるの分かってるんよ。
俺を置いていかんといてって。
まだまだ俺をパシっててええし、ボケて徘徊するようなって俺のこと忘れてしもても、絶対見捨てたりせんでちゃんと面倒みたるからって。
悪いようにしか考えられん俺は最低の家族やな言うて、どついてくれって。
「……行けんよ……俺……とてもやないけど、……行ききらん……」
あかん……もう涙出てきた。
見苦しさの上乗せしてもうてるよな、俺……。
ハルポンには何も関係ないのに。
この秘密を誰にも言わんと守ってくれてる、ただのええ子やのに。
何滴か涙が落ちてしもた床を睨んでると、ハルポンもしゃがんで俺の腕に触ってきた。
そして、……。
「お、俺、……迷惑じゃなければルイさんと一緒に行きましょうか……? 気配消すのは得意です。 ルイさんの言う通りの場所で待ってます。 邪魔にはならないって約束します」
「ほ、ほんまに……? それほんま……?」
「十八時からしか面会出来ないのなら、結果を聞いてからでも間に合います。 間に合いそうになくても、前回のことがあるから事務所に顔だけでも出しましょう。 俺もルイさんと抜けて一緒に病院に行きます。 ルイさんのことが心配です、から……ぅっ、」
「ありがとう」
触れてきた小さい手のひらを掴んで、咄嗟に抱き締めて縋った。
ハルポンがこんなこと言うてくれるとは夢にも思わんかった。
ブッサイクな泣き顔をさらして、ハルポンにキモいと言われようがどうでも良かった。
「ありがとう……ありがとう、ハルポン……」
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