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… … …  ETOILE加入メンバーの最終オーディションがいよいよ来週に控えた、十月はじめ。  聖南は毎日の仕事の他、年明け二月に発売予定のETOILEの新曲、そしてその一ヶ月後である三月にはCROWNの新曲が発売予定とあって大忙しな日々を送っている。  葉璃の送り迎えもあるので事務所には毎日顔を出して広報の者と対面し、空いた時間に所属しているレコード会社に赴いてはレーベルの担当者らと会議を行い、CROWN、ETOILE、レイチェルそれぞれの販促方法等を話し合った。  毎年十二月に入るとこの多忙さに拍車が掛かるので、今のうちに聖南が口を出さなくてはならないあれこれを終わらせておく必要があるのだ。  一昨年からはETOILE、今年はレイチェルのデビューも加わってまさに気が抜けない年末となり、さらにはETOILEの加入メンバーオーディション。  未だしょんぼりな葉璃とゆっくり微睡む時間さえ無いのだ。 今ほど、体がもう二つは欲しいと思った事はない。  同棲しているおかげで心が不安定になる事はないけれど、一日一日の時間経過が早過ぎて穏やかな気持ちにはなれないでいた。  この日も聖南は深夜に帰宅し、リビングで眠い目を擦りながらテレビを観ていた葉璃とキスを交わして、急ぎ足でバスルームへ向かう。  帰宅が遅い聖南を待っていたらしい可愛い恋人との時間は、就寝前と朝のコミュニケーションくらいなのだ。  全身を洗うのが猛スピードにもなる。 「……っ聖南さん! シャワー中にごめんなさいっ、電話です!」  泡だらけの体をシャワーで洗い流していると、磨りガラス越しに慌てた様子の葉璃が声を掛けてきた。 「ん、電話? 誰?」 「レイチェルさん!」 「えっ!?」  コックを捻り、流水を止めた聖南も驚愕の声を上げる。  現在すでに0時を回っているはずで、どんなに急な用件があろうと他人様への電話は遠慮する時間帯だ。  髪の水分を絞り、扉を開けて葉璃と顔を合わせると彼は眠気から完全に覚めていた。 「すごくいっぱい、何回もかかってきてるんで急用かもしれないです!」 「い、いっぱい?」 「はい、タオル!」 「あ、あぁ、ありがと」  濡れたままではよくないだろうと、タオルまで準備していた葉璃を可愛くて気が利く奥さんだと目尻を下げていても、渡されたスマホからは着信音が止まっては鳴る。  聖南の裸体に顔を赤くした葉璃が「それじゃ……」とバスルームを出て行く姿を見た聖南は、画面に表示されている名前に小さく舌打ちした。  しばらくアプローチを受けていなかったので、一体どんな内容の電話なのか考えるだけで気が重い。  しかも眠そうだった葉璃を〝いっぱい〟の着信で叩き起こした。  それだけでキレそうである。 『もうすぐ一時じゃん……何考えてんの、この人』  このまま寝た体にしようかと一瞬だけよぎったものの、確かに葉璃の言うように、この時間にそんなに何度も連絡を寄越すほど重要な用件があるのかもしれない。  とりあえず髪だけを雑に拭いて水気を取り、とても気は進まないが応答してみた。 「……はい」 『セナさん! 夜遅くに何度もごめんなさい』 「……あぁ、どした?」 『あの……私、どうしても一箇所歌い直したい部分があって』 「え、それマジで言ってる?」  思わぬ申し出に、髪を拭っていた手が止まった。 『それを伝えるためだけに、非常識な時間帯だと知ってて連絡を寄越してきたのか?』  聖南が唖然となったのはそれについてだけではない。  歌い直したい、つまり録り直すという事は、現在進んでいる作業を一旦止めなくてはならないのだ。  スタジオエンジニア含む編集担当の者ら数名が、一月のCD発売に向けて急ピッチで作業を行ってくれている。  何しろレイチェルは、大塚芸能事務所社長の姪っ子だ。  無名の新人と呼ぶにはあまりにもバックが大きいために、携わる周囲の者らが戦々恐々と職務にあたっていた。  せめて一ヶ月早く連絡をくれれば良かったのだが、あの社長を交えての会食以降、不気味なほどに鳴りを潜めていたレイチェルの考えがまるで分からない。 「ちなみにどこ?」 『大サビ〝あなたの夢に私を乗せて〟という歌詞の部分です』 「ラストもラストじゃん……。 もうマスタリングの最中だからなぁ……録り直しっつーと工程巻き戻す事になっから、デビューも発売日も延びるぞ」 『それでも……お願いしたいです』  譲らない声色に、聖南は溜め息を吐いた。  この事を社長は知っているのだろうか。  レイチェルの申し出がいかに非常識で身勝手であるか、長年芸能事務所の社長を務めている彼なら分かりそうなものだ。  無駄だとは思うが、もう一度深い溜め息を吐いた聖南は説得にあたる。 頭の中で、作業ストップの連絡を入れなければと思いながら。 「……あのな、俺がここで「いいよ」って言えるほど簡単な話じゃねぇのよ。 俺がOK出したんだから自信持て」 『でも私は納得がいっていないんです。 ミックス後の完成したものを聴かせてもらっても、私どうしても気になっ……』 「あー……っと、ちょっと待って。 かけ直す」  やはり説得は不可能だ。  全裸だった聖南は一度通話を切ってしまうと、下着だけ身に着けてキッチンに向かう。  何度となく溜め息を吐きつつ、葉璃がお湯を注ぐだけにしておいてくれたコーヒーに口をつけた。  社長に連絡するのが先か、作業をストップさせるのが先か。  悩める聖南のもとへ、ちょこちょこと葉璃が近付いてきた。 「……聖南さん、大丈夫ですか? どうしたんですか?」 「レイチェルが歌録り直したいって」 「え!? 今ですか!? だってもうちまちまギュッの作業終わったって……」 「そうなんだよ。 CDの製造工程に入る手前まできてんだ。 てか俺のスケジュールもそうだけど、他の人間にまた集まってもらうって相当……販促も進んでのに……ネット配信ならともかくさぁ、……。 あ、いや、ごめん。 これ愚痴だな」 「いえ、いいんですよ! 俺はそのために居るんですから!」  ほぼ裸体に近い聖南の体のどこに触れていいか分からず、手のひらをウロウロさせていた葉璃が聖南を労るようにそっと腕を掴んできた。 「ありがと、葉璃」  すっかり睡魔が飛んでいってしまったらしい葉璃の頭を撫でて、ひとまず気を落ち着かせる。  今夏からの厄介事がまだ、収束を見ない。

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