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21♡強欲

… … …  加入するメンバーを決める最後のオーディション前夜。  CROWNの三人と俺達ETOILEの二人が、急遽社長室に集まる事になった。  候補者の一人であるルイさんは空気を読んだみたいで、もちろんこの場に居ない。  ちなみに聖南達もまだ来てなくて、時間より早く着いた俺と恭也は高そうな革張りのソファーに隣同士で座ってる。  ついさっきまでバラエティー番組の収録をしてたから、一緒に来れた。 明日から四日間、恭也とはスケジュールも全部一緒。  こんなにずっと居られるの、半年以上ぶりだからすごく嬉しい。  ……嬉しいはずなのに、別のことでモヤがかかった心は晴れないでいた。 「ついに明日だね」  秘書さんが運んでくれたお茶に口を付けながら、緊張の面持ちで恭也が俺を見た。  社長さんの秘書さんはちょっと香水の匂いが強くて、出て行っていくらも経つのにまだ室内残り香がする。 「……うん」 「葉璃? 最近ずっと、元気ないね?」 「そんな事ない、……いや、あるかな。 分かっちゃうよね、恭也には……」 「そうだね。 元気がないなーって、思い始めて、一ヶ月は経つ、から」 「そ、そんなにっ?」 「うん」  たまにしか会わないのに、恭也にはやっぱり見破られていた。  何が原因なのか俺自身ちゃんと分かってるし、心配してくれてる恭也にも打ち明けたい気持ちはあるけど、これはルイさんとの秘密だから言えない。  恋人にも親友にも内緒にしてるのはほんとにツラくて、でもそれ以上にルイさんの心境を思うと、俺がポロッと口を滑らせていい事じゃないから黙ってるしかないんだ。  たくさんの機械に囲まれて、ルイさんと同じ方言を弱々しい声で喋ってたおばあちゃんが、なんとか回復する事を願うしかない。  余命宣告されても、生き長らえてる人はいっぱい居るって聞いた。  だから気を落とさないで。わずかかもしれないけど希望を持ってください、──と思ってても直接言えない俺は冷たい奴だ。  あれから毎晩、ルイさんはおばあちゃんのお見舞いに行ってる。 ICUに移動してからは時間厳守で、十八時以後は俺に付き添えなくなった。  「すまんな」って、真剣に謝られてしまった俺が言えることは一つだけだった。  ふとした瞬間に寂しそうな表情でスマホを眺めてるルイさんを、支えてあげたい。 でも、支え方が分からない。  ルイさんは普段があまりにも変わらないから、俺はどうしていいか毎日困惑してる。  そんな中、とうとう明日は歌唱試験、三日空けてダンス試験。 前回みたいな事が無いように、さっきの別れ際に俺は何回もルイさんに念押した。  一緒に踊りたいから、本当の仲間になりたいから、大変な気持ちを抱えてる今だからこそ頑張ってほしい。 ……これも、思ってるだけで直接は言えなかった。 「ETOILEに、誰かが加入するの、気が進まない?」 「えっ、ううん、そんなことないよ。 最初からそう言われてたし、ちゃんとそのつもりで居たから。 準備が早いなって思ったくらいで、今はそんなに……」 「そっか。 じゃあ、プライベートな事?」 「ううん、違うよ。 …………」  恭也の瞳が、見詰め返せないくらいすごく心配してる。  何も言えない俺は、飲む気もないのに湯呑みを手に取った。  嘘を吐くのも誤魔化すのも下手くそで、見詰め合うだけで何かを悟られそうな恭也の瞳を見ないように、湯呑みを両手で握って俯いた。 「……俺には、言えない?」 「…………っっ」  ねぇ、と太ももに手を置かれて、顔を上げる。  どうしよう。 恭也……顔は怒ってるのに、何だか悲しそう……。 「あ、……あの、恭也……っ、えっと……」 「………………」 「……だめ、なんだ。 言えないんだ。 話せる時が来たら話すから、その……っ」 「分かった。 葉璃を、困らせたいわけじゃ、ないんだ。 聞き出そうとして、ごめんね」 「恭也……ごめん……」  恭也は何にも悪くないのに。 俺がまたぐるぐるしてるんじゃないかって、ただ心配してくれただけなのに。  しょんぼりと肩を落としながら、俺の頭をヨシヨシしてくれる恭也は、聖南と同じで優し過ぎる。  この二年足らずですっかり垢抜けて俳優さんの顔になった。 心を見透かすように見詰めてくる瞳の強さも、昔とは雲泥の差。  それでも、中身は全然変わってない。  俺の気持ちが一番だって、優しいまんまだ。 「話してくれない、葉璃の内緒話は、置いといて。 加入メンバーの、明日の候補者について、なんだけど」 「え、あっ、……うん」  俺の頭を肩に寄りかからせて、サイドの髪を撫でてくれながらチクチクっと小さい嫌味を言ってきた。  ──訂正。 恭也、この辺りがかなり変わった。  優しいのも、俺を大事にしてくれるのも変わらないけど、ちょっとだけ意地悪になった。  重たい空気を変えようとしてくれたのは分かる。 親友の距離感じゃないこの態勢でも分かる通り、恭也は意地悪を言って俺を追い詰めたいわけじゃない。  これは……拗ねてるんだ。 「恭也、あの……」 「やめて。 分かってる。 俺、男らしくないし、大人げないし、恥ずかしい事、してる。 ほんとに、葉璃を困らせたいわけじゃ、ないんだ。 スルーしてて。 俺も、葉璃の内緒話、忘れとくから」 「………………」 「もう、近くでそんなに、見ないで。 焦ってる俺の顔なんて、見てほしくない」 「……なんで焦るの? 俺が悪いのに」  せっかく話題を変えようとしてくれた恭也には悪いけど、拗ねちゃった男がどうなるかを知ってる俺はほっとけなかった。  見ないで、と言いつつ全然離してくれない恭也は、俺が居る方とは反対を向いて左手で目元を覆っている。 「いや……内緒話って、なんとなく……ルイさんの事じゃ、ないのかな」 「えっ!?」 「あぁ……やっぱり、そうなんだ。 俺、葉璃に、愛想つかされないか、不安でたまんない。 俺には話せない内緒話、ルイさんとは共有、してるんでしょ? 俺、……葉璃を、取られたくない……」

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