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あの様子では、ルイはオーディションを受けるモチベーションになどなれないだろう。
これまでにないほどの悲しみを共有している葉璃も、スタジオに戻って来る事さえ出来ないかもしれない。
誰一人として動いた形跡の無いスタジオ内。
左端に固まった候補者四名の周囲には、怒りと悲しみと蔑みの感情に囚われた葉璃によって撒かれた、決して投げ付けて良いものではない彼らの夢が散らばっている。
十分とかからず戻った聖南に、厳しい表情で腕を組んでいた社長が視線を寄越す。
「どうだ」
「……今日は無理だ。 ってか、……」
聖南は一度言葉を呑み、アキラ、ケイタ、恭也、スタッフ、最後に社長の順で視線を合わせていった。
聖南がこのオーディションを取り仕切っているわけではない。
しかし今もまだ、静かな怒気をはらんだ葉璃の声が聖南の鼓膜に焼き付いている。
今日ですべてが決まるはずだったオーディションは、……終わりだ。
他でもない。 ETOILEのハルが、そう決めた。
覆される事のない結論を代弁する許可を、社長等から視線と頷きにて貰った聖南は重い足取りで候補者らの前に立つ。
「お前らの選考結果は、今〝ETOILEのハル〟が言った通りだ」
聖南が言い放つと、四名は同時に顔を見合わせ、揃っていきり立った。
「はっ? なんでっすか! そんなの納得出来るわけないっすよ!」
「俺らまだダンス試験が残ってるのに!」
「デビューがかかってんすよ!? なんであの人一人の意見が通るんすか!」
「天下の大塚芸能事務所がそんな不正していいんすか!?」
納得がいかないと口々に怒鳴る四名は、さらに聖南達を失望させている事に気付かない。
ルイの悲しみを背負っているからと、葉璃があそこまで無情な発言をするという事は、それに繋がる決定的な何かを見聞きしたのだ。
〝ルイさんを陥れてまで……〟
言いかけたこの台詞は、葉璃が最も嫌う〝悪意〟がルイに向けられていた事を物語っている。
それがいつ、どこで、どんなものだったのかは分からない。
だが今、彼らの発した言葉で聖南の腹も決まった。
「不正? これ見ても不正って言えんの?」
不当な扱いだと訴えてくる四名に、聖南はスタッフからとあるファイルを受け取った。
それには、これまでの試験の後に交わされた選考人それぞれの意見がびっしりと書き込まれている。
一人一人のプロフィールに手書きで記されたそれは、葉璃と恭也に向く人材であるか、世に出て花開く素質があるかを真摯に見極めようとしていた確かな証拠。
手渡したファイルを開き、自身のプロフィールに添えられたあらゆる角度からの的確な指摘文を、四名は時間をかけて各々目を通した。
「これは……」
「うちのスタッフが今日までのオーディションの様子、全部撮ってたろ。 アキラとケイタもその全部に目を通してる。 もちろん俺たちも」
「………………」
「………………」
事務所の強弱など内に居る者からすればまったく関係無い事であり、選考人皆、どんな人物が来ようとも公平に慎重に審査していた。
だがここに居る四名は、いずれ仲間になるかもしれない葉璃の逆鱗に触れる行いをし幻滅させた。
紙くずと化したそれらがハラハラと宙を舞った瞬間、ここに居る者達の心は決まったも同然だった。
共に夢を追いかけてゆく、一生ものの仲間を見出すのは簡単な事ではない。
自らが棒に振ったチャンスにも関わらず、責任転嫁して不正などと言われるのはまったくもって心外だ。
「俺たちはあくまでも、お前らの実力と面接態度だけを見て評価を付けてきた」
「……っ、それなのに俺らはもう用無しって事なんすよね!?」
「なんのために俺らが大塚のオーディション受けたと思ってんすか!」
「そもそもこのオーディションは、はなからルイ一人のデキレースだったんでしょ!?」
「俺らマジで無駄な時間過ごしたって事っすね!」
「……へぇ。 お前ら、本気でそう思ってんの?」
時間も人手も金も費やし、ETOILEのため、事務所のため、果てはオーディションに参加した者全員の夢のため、関わる者すべてが真剣に取り組んできた数カ月もの日々を、彼らは平気で〝無駄な時間〟と表した。
ここまで勝ち残ったからこそ悔しい思いもあるだろう。
とはいえ、彼らが拘るその場所での大きな失言が、それまで抑えていた聖南の怒りにとうとう火をつけてしまった。
「そんじゃ聞くけど、ETOILEに加入した後の熱意、意気込みが、最後の最後まで一つも出てこねぇのは何でだ?」
「………………」
「…………っ」
「これが新しいグループのメンバーを決めるオーディションなら、俺もスタッフもここまで慎重になんねぇよ。 でもこれはな、葉璃と恭也主体のETOILEっていう既存のアイドルグループに、新しい仲間として加入するためのオーディションだ」
「………………」
「………………」
「お前らからは、個々の目標達成の野望しか見えなかった。 デビューして金持ちになる夢を語るのは結構。 実力さえあればのし上がれる、生き残れると勘違いしてる浅い考えも、別に否定はしねぇ。 人の考えって変わってくもんだし、どんだけ今がクズでも這い上がる事が出来るからな。 でもな、俺……お前らのこと正してやろうって気になんねぇ。 今の態度でそれが決定的になっちまった」
聖南の目の色が変わった事で、四名は一斉に萎縮した。
スタッフらはビクッと肩を竦ませ、アキラとケイタは苦笑を溢し、恭也と社長は無表情で聖南の怒りに便乗する。
ここが事務所内で無ければ一人ずつ胸ぐらを掴んで脅し文句の一つでも言ってやりたいところだが、そうもいかない。
そこで、これから二度と関わる事のない彼らに、聖南は精一杯の笑顔を向けた。
「実力の伴わない欲深いだけの人間は、大塚には要らねぇんだよ」
「────っ」
「────っ」
瞳の生気を殺した聖南の微笑みで、ようやく彼らは気が付いたに違いない。
生半可な夢を悠然と背負い、〝敵〟と〝ライバル〟の違いも分からず驕っていた己の軽率な言動が、これから先にあったかもしれない光まで詰んでしまった事に───。
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