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23♣2

 ──生前のばあちゃんの意図が、俺にはすぐ分かった。  諸々含めた葬式どないしょ、の俺の不安を考えたんじゃナシに、自分が施した化粧やない死に顔を、大勢の人に晒すのがイヤやったんやろ。  夜の蝶から若くしてスナックのママになったばあちゃんは、一人で毎日客を相手に商売していた。 もちろん女性のお客さんもおったけど、九割が男。  常に綺麗にしとかなって意識が働いてて、ちょっとその辺に買い物行くだけでも小奇麗に着飾って出て行ってたもんな。  痩せ細って、自分の納得のいく化粧も格好もしてない姿なんか、見せたなかったんよな。  そやから直葬ってやつを望んだんやろ。 「……なんもかんも一人で決めよって……」  二メートル先にある棺に目をやって、途絶えさせんようにしとる線香の煙が上に立ちのぼる様を視線で追う。  俺は弁護士の岡本サンの言われるがままに動いてるだけ。  今は目の前の悲劇を受け止めるので精一杯やろから、あとはおまかせ下さい言われてしもたで。  ほんまにこれでええんか、ばあちゃん。  こんな寂しい今生の別れで。  寂しいやん。  一日中明るいここに居ったら、余計に物悲しい。  喉がカサカサになるほどたくさん泣いて、体内の水分が全部無くなったような気する。  でも不思議と、あんまりツラいとは思わん。  ひとりぼっちでばあちゃん見送るのと、誰かがそばにおってくれるのとじゃ気持ちの滅入り方が違う。  怖かったこの瞬間を、そこまで悲観する事なくおれてるやなんて自分でも信じられん。  今日ばっかりは、この子のお人好しなとこに相当助けられてる。  泣き疲れて寝てしもたハルポンを家に帰さなと思う反面、俺が遠慮してる、強がってると読んでるその優しさにまた泣きそうになった。 「……ん……」  身動ぎしたハルポンの頭は、俺の肩から胸辺りに移動した。 倒れそうになってたから支えてやると、なんや自然にこの態勢になった。  何分か前からずっと俺の右手はハルポンの肩にあって、たまに泣きそうに顔を歪めるとポンポンして宥めてる。  ハルポンが寝てしもて、一時間ほど経った頃やろか。  どこかから振動音が聞こえた。 「……電話か?」  それはハルポンの体から鳴ってて、明らかに長い振動音は着信を意味してる。 「ハルポン、電話やない?」 「んーん、……」  いや、ううんって。 ハルポンからブーブー聞こえてるんやけど。  十時も過ぎた事やし、親とか心配してるんちゃうの。 「ハルポン、スマホ貸して。 俺が出る」  寝ぼけてるハルポンの頭をポンポンしてそれを促すと、目を瞑ったままズボンのポケットを探りだす。  ん、と手渡してきたハルポンは完全に眠気が勝ってて、ここまで疲弊させてしもた事に苦笑を漏らしながら、俺は振動するスマホを受け取った。  画面には、──〝聖南さん♡〟。  おぉ、ハートマーク付いてるやん。 しかも名前キラキラやん。  ……親ではないな。 『もしもしっ? 葉璃っ?』 「あ、セナさんっすか?」  聞き覚えのある声に、俺は「あぁ」と納得がいった。  セナさんの名前、漢字では〝聖南〟と書くんか。  ……ん? でもなんでセナさんの名前にハートマーク付いてんの?  いくらセナさんと親戚やからって、そんなもんふざけて付けるようなタイプじゃないやろ、ハルポン。 『……えっ、はっ? ルイ? なんでルイが葉璃のスマホ……』 「ハルポン今寝てるんで、起きたら連絡するよう言っときますわ。 そんじゃ」  まだ何か喋っとったけど、思わず切ってしもた。  ハルポンは今日、俺と一緒に居ってくれる言うてたし。  いつもみたいにセナさんが事務所まで迎えに来るとか言われたら、しゃあなしに送る羽目になって、そしたらハルポン……帰ってまうし……と心ん中でブツクサ思てると、手のひらの中でまた振動が始まった。 「うぉ、またかかってきた。 ……はい?」 『葉璃はどうしてるっ? なんでルイが葉璃のスマホ触ってんのっ?』 「………………」 『ルイっ?』 「ハルポン、今寝てるんすよ。 着信きたから俺が出ただけでっす。 ハルポンの親が心配してかけてきたんなら、俺が説明せなでしょ」  もしこの電話の相手がハルポンの親やったら当然、こんな時間まで連絡を寄越さん息子を心配してるやろ。 それやったら俺が事情を説明せなあかんと思ってた。  それがハートマーク付きのセナさんとは思わんかってん。  しかも、ほんまはハルポンにそばにおってほしいんやって、俺の本心を気付かされもした。  俺の声が少々デカ過ぎたらしい。  視線を感じて右斜め下を見てみると、半分しか開いてない目が眠そうに俺を見詰めていた。 「ん……ルイさん? 誰と話してるんですか?」 『葉璃っ!』 「えっ……? 聖南さん!?」  痛い痛い痛い……っ。  俺の通話相手がセナさんやって気付いたのはええ。  ただ驚いたんか何か知らんけど、渾身の力で俺の太ももを握ろうとせんといてくれ。 ハルポン手が小さいから抓られてるようで地味に痛いねん。 『葉璃……っ、良かった、葉璃の声聞きたかった』 「せ、聖南さん、ちょっと待ってくださいっ。 ……ルイさん、少し席外しますね。 すみませんっ」 「ああ、別に構わんけど……」  ハルポンはそう言ってスグ、小走りで扉を出て行った。  今日は一緒に居ってくれるんやんな?  都合良く明日の午後からしかスケジュール入ってへんし、ばあちゃんの見送りが終わるまでハルポンは俺についててくれるって、……言うたやんな? 「〝ハルの声聞きたかった〟……?」  つい聞こえてしもた、セナさんの声と台詞。  それはちょっと、…………いや、……かなりアブノーマルな雰囲気の声色やった。  セナさんの都合が合う時は必ず送り迎えしてくれてて、出番だろうが何だろうが何かとハルポンを連れ出すセナさん。  血が繋がってんのなら許されるか、と無理やり自分を納得させてたけど……これはもしや、俺メチャクソやばい事に気付いてもうたかもしれん。 「……彼女が居るってのはフェイクで、セナさんはハルポンに禁断の恋をしてたりして……」  うんともすんとも言わん棺に向かって、んなわけないか!と笑ってはみたが……これが事実やったらとんでもない事やで。

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