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23♣悲嘆と希望
─ルイ─
人が死ぬと、残された人間は悲しみに暮れる間もないほど大忙しなんや。
それが何人かで分担出来ればええけど、俺は一人やから何をどうしたらええのかさえ分からんで、途方に暮れた。
死に目には会えんかった。
電話もらって駆け付けた時には、顔に白い布被されてた。
それを捲ってばあちゃんの顔を確認しても、まだ全然信じられんかった。
悪趣味で大掛かりなドッキリやで……人が悪いわ、ってな。
その時はほんまに実感が無くて、とりあえず看護師さんに言われるがままにばあちゃんとの時間を過ごした。
そばにあった丸椅子に座って手を握った時、少しだけ冷たい気がした。
冷え性やったからな、ばあちゃん。
真夏のクーラーの設定温度は二十八度。 俺がなんぼ暑い言うても「知らんわ」で一蹴してたくらい寒がりやってんもんな。
手を握って少し経ってから、じわじわ涙が込み上げてきた。
だって、……ほんまに逝きよった。
これ寝てるんちゃうんやろ?
もう二度と目覚まさんのやろ?
近いんちゃうかって覚悟させられて、そんなに日数経ってへんのにほんまに逝くやつがあるかいな。
俺これでも急いで来たんやで。
気が動転してて、ジャージの上下、メーカーも色もバラバラや。
それなのに待ってくれんかったな。
早々に別れも言わんと逝くやなんて、どこまでマイペース貫くねん。 俺唯一の肉親やんけ。
でも……体に何本も管繋がれてたから、全部外れて良かったな。
苦しまんで逝ったんやろ、見たことある寝顔してるもん。
俺には最期まで弱音吐かんかった、ばあちゃんのその負けん気の強さみたいなもんは継承してるつもりやから。
みっともなく泣き叫んだりせえへん。
大丈夫や。
俺が最期の最期まで、ちゃんと見送ったるから。
……大丈夫や。 ばあちゃん、俺なら大丈夫や。
朝の九時。
弁護士の岡本いう男と葬儀社の人が同時に、病室に居た俺んとこへ来た。
そこで初めて、ばあちゃんは弁護士に直葬を望んでた事と、遺言書を残してる事を知った。
実はまだ、それは開封してへんのやけど。
午前中は岡本のオジサンに言われるがまま、葬儀社行ったり役所行ったりしててやたらと時間使うた。
一回帰って喪服に着替えてから動いてたし、それがかなりタイムロスやったかもしれん。
大事なダンス試験のことは、頭にあった。
こんなことになってしもたって、ハルポンに連絡しよかと一瞬だけ悩んでやめた。
ばあちゃんなら多分、「ダンス試験受けん事、ウチを言い訳にせんといて」とキレる。
それに誰にもバレたくなかったしな。
ハルポンにも絶対誤魔化し通して、色々めんどくさい事が終わってから話そう思てたんに……。
俺が喪服で行ったばっかりに、ダンス試験そのものがなくなってしもた。
俺より泣いてるハルポン見て、ばあちゃんに顔向け出来んほど泣き叫んでもうた。
けどな、この子ならいいかと思てん。
もう、俺の全部見られてる。 知られてる。
隠しようが無い事を意地張ったってしょうがない。
俺は悲しかった。
実感が湧いてへんやっただけで、ほんまはひとりぼっちになった寂しさでどうにかなってまいそうやった。
明日の火葬場への移動まで、葬儀社が場所を貸してくれてる。 そこに残してきたばあちゃんのとこに、戻らなあかんのに戻られへん。
だってな、行ったら棺の中で動かんばあちゃんが居るんやもん。
目と耳と鼻に綿を詰められて、花に埋もれたばあちゃんがまるで寝てるみたいやのに息してへんのやもん。
冷たいねんもん。
情けないけど、ハルポンが一緒に居ってくれんかったら……俺はばあちゃんひとりぼっちにして現実逃避に向かってたかもしれん。
ハルポンを、死人の居る空間と線香の匂いに付き合わせてしもた。
数分おきに泣いてる俺と、一緒に泣いてくれた。
話なんかほとんどしてへん。
腹も減らんし、眠くもないと言い張ってたけど、夜も九時を過ぎるとハルポンの体がだんだん揺れ始めた。
「──ハルポン、眠いか」
「……いえ、ねむく、ないです……」
今日は二人して、〝泣く〟事でかなりのエネルギーを消耗した。
細やかな祭壇の前に棺、そこから少し離れたパイプ椅子に並んで腰掛けること何時間や。
いくらハルポンが俺に付き添いたいと申し出てくれたからって、付き合わせ過ぎやよな。
甘えてる、って、ハルポンには二度と言われんようなった。 はなから言うつもりは無いけども。
「寝ててええよ。 起きたら送ったるから」
「だめですっ。 俺、今日はルイさんといるんですっ」
「そうは言うても、ここで夜明かしするつもりか? そこまで付き合わんでええって。 今日ずっと一緒に居ってくれたやん。 それで充分。 ありがとうな」
「ルイさん、こんな時まで強がるのやめてください」
「強がってるんちゃうよ。 ハルポンがイヤやろと思てやな……」
「誰がなんと言おうと、明日のお別れまで一緒に居ます。 ……その前に、とりあえず寝ます」
「んっ? あぁ、眠気ピークなんやな。 おやすみ」
「俺が寝てる間に事務所に運んでたりしないでくださいね。 怒りますからね」
「わかったって言うてるやん」
強がってんのはどっちやねん。
泣き腫らした目を擦って、睡魔の限界には逆らえんハルポンは子どもみたいやった。
さすがに死化粧を施したばあちゃんの顔は見られへんと怖がってたけど、俺の悲しみの半分を勝手に背負って泣いてくれたハルポンには、感謝してもしきれんほどの恩が生まれてしもた。
グラつく頭を俺の右肩に寄せて、ちょっと抱き締めるようにはなるが右手でこめかみ辺りを支える。
焦げ茶色のふわふわした髪。 よう分からんいい匂いをずっと纏わして歩く、男にしとくにはもったいない可愛らしい顔。
「……ほんま、ありがとう。 ハルポン……」
こんな無防備で、優しさの塊で、他人の幸不幸を自分に置き換えられる人間てそう居らんよな。
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