遮光カーテンの隙間から、明るい光が射し込んできた。 　俺の身の上話したり、ハルポンが卑屈ネガティブになった原因は春香ちゃんやないかとかいう考察を二人でしてたりで、時間の経過が異様に早かった。 　棺の中のばあちゃん、線香の煙、ちょくちょく様子を見ながらのハルポンとの時間はほんまにあっという間やった。 　とうとう二時間ほど前に力尽きたハルポンは、固いパイプ椅子に座ったまま俺の胸を枕にグッスリや。 　サイズの合ってないジャージ着て、暖房があんまり効いてないここでこんな無理な態勢で寝かしてしもて、申し訳ない気持ちでいっぱいなんやけど。 　一人やったら、ばあちゃんほっぽって思い出に沈んで、家族が居らんようになった痛みに耐えきれず、孤独を受け入れられんと現実逃避に走ってた可能性もあった。 　でも……。　ぬくい人肌がそばに在ってくれたおかげで、俺は悲しみに押しつぶされずに済んだ。 　この一晩のしんどさの覚悟まではしてなかったから、ハルポンの存在のありがたみ、優しさへの感謝は自分でも計り知れんほどにデカい。 　もう少しだけええやろ。 　あと十分だけ寝かしといたろ。 　そうやって一時間前からハルポンを起こすのを躊躇ってたが、そろそろタイムオーバーや。 「……ハルポン、起きよか」 「ん……」 　声を掛けると、案外すんなりと反応があった。 　目瞑ったまま伸びをする。 　普段から寝相がいい方なんか、ほとんど姿勢が変らんかったし体も痛なるよな。 　薄っすら目が開いたハルポンに、「おはよ」と挨拶する。 　のんびりな声で同じ言葉が返って来ると思いきや、パチッと目を見開いたハルポンは立ち上がって、寝起きやいうのに窓辺に急いだ。 「えっ、あっ！？　う、うそっ……もう朝ですか！？」 「朝や。　もうすぐ……八時やな」 「そんな……っ！　ごめんなさいっ、なんで俺……っ」 「夜は誰でも眠たなるもんやって」 「うわぁっ……ほんとごめんなさいっ。　いやもう……っ、俺、なんのためにここに居たのか……っ」 　そう言って自分を責めだすと思たから、よう起こせんかった。 　チラッと遮光カーテンの向こうを覗いたハルポンが、その場にへたり込む。　近寄って行って立ち上がらせても、せっかくキレイにまとまってた髪をぐしゃぐしゃに掻き乱して、俺にうたた寝を詫びた。 　こうなるて分かってたから起こせんかったんよ。 　そんな口数の多い方でもないのに、必死に会話を繋ごうとしてくれたハルポンは、ネガティブさ大発揮して寝てしまった後悔に苛まれるやろ。 　俺は、ここに一人やなかったというだけで見送る覚悟できたんよ。 　この子はほんまに、自分のことを分かってへん。　そんな風に卑屈全開にして唸らんといてくれ。 　いじらしいでたまらんハルポンを落ち着かせたくて、少しだけ躊躇ったが思いきって抱きしめてみた。 　本番前に恭也がしてるみたいに、めちゃめちゃ優しく。 「なぁハルポン。　俺な、ひとりぼっちやなかったから寂しくなかったよ。　美化した思い出に浸らんと、ちゃんと現実受け入れて真っ直ぐばあちゃん見送ること出来そうよ」 「……ルイさん……」 「ハルポン居らんかったら、俺は今ここにも居られへんかった。　……ありがとうな、ほんまに」 「…………っ」 　言うてるだけで、鼻の奥がツンとする。 　ありがとう、ハルポン。　ありがとう。 　ずっと心に引っ掛かってた出会い頭の俺の暴言を謝ることも出来て、お互いの生い立ちみたいなんもいっぱい喋り倒して、俺のこと知ってもらえて、ハルポンのことも知れて、ほんまに良い時間を過ごせた。 　〝ウチは一体何を聞かされてるんやろ〟て、ばあちゃんは思たやろな。 　まぁ化けて出て来て叱ってこんやったっちゅー事は、残した孫とその友達の語らいぐらい聞いたるかって許してくれてんやろ。 　……都合よう考え過ぎやろか。 「わっ……」 　抱き心地のええハルポンをなかなか離せんでおると、ビクッとその体が芯から揺れた。 「なに？　どしたん？」 「あ、いえ、ポケットが震えて……」 「電話か？」 「そうみたいです。　あ、……聖南さんだ」 「ここで出てええよ」 「はい、すみません」 　背高い俺の方が、ハルポンより早よう〝聖南さん♡〟の表示見たで。 　夕べの疑惑が再燃する。 　親戚じゃない二人。　朝早よからハルポンに連絡してくるセナさん。　スマホに表示された名前見て目尻下げたハルポン。 　……なんや腕が寂しなった。 　でももうハグする理由が無いから、ただ意味もなく手のひらをグーパーして紛らわす。 「おはようございます、聖南さんっ。　……えっ？　……えっ！？　わ、分かりました。　……ルイさん、……」 「ん？」 「おばあちゃんの名字、弓矢ですか？」 「いや船田や。　……なんで？」 「ありがとうございます、……聖南さん、おばあちゃんの名字は〝船田〟だそうです。　……はい、……はい、えっ！？　……もう着くんですか！？」 　ハルポンがギョッとして俺を見上げてきた。 　前から思てたけど、ハルポンの上目遣いて凶悪なまでに可愛いな。　ばあちゃんの名字聞かれて首傾げてた俺も、つい見惚れてもうたやん。 　ブカブカのジャージが絶妙な萌え感を増幅させてるしやな。 「……聖南さんが、来ます」 　そんな邪な事考えてハグの理由探してた不謹慎な俺に、突然ちっさな制裁が下される。 「えっ？　ここに？　今からっ？」 「あ、あのっ、この事はルイさんとの秘密だから、俺はすごく濁してます、おばあちゃんが亡くなったっていうお話は聖南さんにはしてませ、……あ、でも昨日……」 「ハルポンの事は信用してるから別にええんやけど。　昨日がどうかした？」 「昨日、電話あったじゃないですか。　俺、このままルイさんのそばに居てあげたいから泊まらせて下さいって言ったんです。　でもその時、聖南さんの方から聞かれたんですよ、〝いま斎場？自宅？〟って。　俺まだ頭働いてなくて、なんの疑問も持たずに自宅ではないですとしか言わなかったんですけど……」 　おかしいですよね、と呟くハルポンは、過保護行き過ぎてるセナさんを躱して、最後まで俺に義理を通そうとしてくれたらしい。 　そやけどセナさんの問いがほんまやったら、どこかから俺の事情が筒抜けやったいう事で……。 「……セナさん、知ってたんか」 「…………かもしれないです……」