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23♣8

「いや待て。 よう考えたら、レッスン場に俺が喪服で現れたら、そら不幸事あったんやろなって誰でも勘付くわな」 「あっ……確かに」 「それでセナさん、今からここに来る言うてんの? なんで?」 「分かんないです。 俺、午前中いっぱいは帰れないって伝えたんですけど……」  セナさんがここに来る理由なんか分かりきってるやんな。  ハルポンを迎えに、……来る。  どんな関係か知らんが、外泊の許可も渋々出したに違いないセナさんはハルポンを連れてってまうやろ。 最期の瞬間まで居ってほしいという俺の願いは、どうやら叶いそうにないな。  セナさんとの通話を終えて十分後、下の階から何人かの悲鳴が聞こえた。 黄色いやつ。  ハルポンと顔を見合わせて程なく、斎場職員の興奮気味なノックのあとに入って来たのは誰が見ても〝極上の男〟、喪服姿のセナさんやった。 「……っ、聖南さん!」  その姿を見ただけで目輝かせて、俺がこの場に居らんかったら「わーい!」と両腕を上げて喜んでそうなハルポンの弾んだ声。  向かって歩いてくるセナさんの左腕に不織布カバーが掛かってて、目ざとくそれを見つけた俺はやや期待を持った。  ただし疑惑はさらに膨らむ。 「お疲れ。 ……ルイ、大変だったな」 「まぁ……。 てかすんません、こんな朝早く……」 「聖南さん、どうやってここが分かったんですか? 俺この場所言いましたっけ……?」 「葉璃の喪服届けに来た」 「えっ!? 俺のですかっ?」 「そ。 ジャージで故人見送んのはさすがにマナー違反だろ」 「あ……っ!」  やっぱりあの不織布カバーは、ハルポンの喪服が入ってたんか。  連れて帰るつもりやないってのはホッとしたが、じゃあなんでセナさんがハルポンの礼服まで管理してんの?  俺かてハルポンの服に関しては気付いてたけど、服装なんかどうでもええって喪主の俺が許可してて、もしくは斎場でレンタルしよかとまで考えてたんに。  ハルポンは、渡された喪服を抱えてうるうるとセナさんを見上げてる。   ここの場所はハルポンの他に弁護士の岡本サンしか知らんのやで。 うるうるする前にもっとセナさんに追及ほしかってんけど……。 「ルイ、もし迷惑なら正直に断ってくれていいんだけど、俺このまま居ちゃマズいか?」 「えっ……?」 「………………」  ……おい、ばあちゃん。 聞こえてるか?  CROWNが映ってるテレビに向かって、年甲斐もなく「ほんまええ男やわぁ……」と女の溜め息吐いてたよな。 そのセナさんが、ばあちゃん見送る言うてるで。  今日も物凄い圧混じりのオーラを放ちまくってる。 低姿勢やのに〝うん〟しか言えんような空気にされてるな。  まったく面識の無い人やし、素人目にも毎日忙しい人をばあちゃんの火葬に付き合わせてええんやろか。 それを言うならハルポンにも言えるんやけど、……。  俺は少し考えた末に、ハルポンのそばを離れへんセナさんに頷いた。 「……ええですよ。 ばあちゃん、セナさんの大ファンやったから喜びます」 「そうだったのか? それなら……生きてる間にお会いしたかったな」 「出来れば棺の中は見んといてやってください。 こんな姿セナさんには見せとうない、お前ほんまアホちゃうかって俺キレられると思うんで。 いや呪われるかもしれん……」 「……分かった」 「呪われ……っ?」  セナさんは神妙に頷いてくれてたんに、ハルポンがそこでビクッとせんといてくれよ。 冗談やん。  隣にフィッティングルームがあったんで、そこを借りてハルポンは着替える事になった。  セナさんはここでも過保護や。  不織布カバーを外して、現物指さしながらこんな時に喪服の説明をハルポンにしてる。 サイズが合うかどうか、ハルポンの体に合わせてみながらな。  早よ俺らが出てやらんと、ハルポン着替えられんやろ。 「着方分かる?」 「分かります、……たぶん」 「分かんなかったら呼んで」 「はい。 ありがとうございます、聖南さん」  パタン、と扉を閉めて出て来ても、まだ心配そうなセナさん。  過保護や……。  ハルポンの周りにはハルポンを弟扱いしてる人ばっかで目立たんかったけど、セナさんが断トツ甘いかもしれん。  疑惑じゃないんか? もしかしてほんまに、ヤバい関係なんか? もうそうとしか見られへんようなってるで、俺。 「…………何?」 「いやすんません。 ゴシップ記者みたいなこと考えてたんで」 「今はおばあさんの事だけ考えてやれ」 「そうっすね……」  そうや、セナさんの言う通り。  今は他人の野暮な事を考えるより、改めてほんまの別れが近付いてるからこそ数々の思い出に耽るべき……。 「いやいや、やっぱ無理っすわ! セナさん、ハルポンとどういう関係なんすかっ? 親戚ってのは嘘ですよねっ?」  我慢ならんかった俺は、ゴシップ記者並みに、だが場所を考えて小声で詰め寄った。  間近でイチャイチャしてんの見せられたら、とても耽られんよ! ばあちゃんごめんな!  俺いっぺん考え出したら止まらんねん。 おまけに長いねん。 正解分かるまでスッキリ出来ひんねん!  チラと俺を見たセナさんは、冷静に自販機に向かって行く。 そんで温かいブラックコーヒーを二本買って、そのうちの一本を俺にくれた。 「……なんでそう思ったんだよ」 「俺、聞いてもうたんです。 セナさんが〝ハルの声聞きたかった〟て言うてたん。 あとハルポンのスマホに登録してあるセナさんの名前にハートマーク付いてました。 ハルポンに対して日々、親戚いうにはセナさん過保護過ぎてるし、怪しいどころの騒ぎやないです。 世間に公表してるセナさんの恋人発言はフェイクで、もしかしてセナさんはハルポンに言い寄ってるんやないかと疑ってます」 「………………」  セナさんは、二度目の俺の推理を黙って聞いてた。  最後の方はなぜか半笑いやったけど、すぐに真顔に戻ってコーヒーを飲んでる。  こんな日、こんな時、悲しみしか生まんはずのこの場所が、まるで缶コーヒーのCM撮影の現場に早変わり。  言葉を選んでんのか、黙って缶に口付けてるだけで絵になるセナさんの横顔に、ばあちゃんの声であのセリフが蘇る。  ほんまええ男やわぁ……。

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