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 とりあえず、葉璃の頭がゴチャゴチャになってるって言ってた意味が分かった。  何がキッカケかは知らない。 でもルイさんが二人の関係を知った、それを葉璃が、俺に話す──。  うん。 ゴチャゴチャするとまではいかないけど、よく分からない構図ではあるよね。 「葉璃、話はなんとなく、分かった。 あとでまた、話そうね」 『うん、なんかごめんね、恭也……』 「どうして、謝るの? 葉璃は、何も、悪くないよ」 『ん……それもだけど、ルイさんうるさかったでしょ』 「ふふっ……。 葉璃、別の楽屋、行ったの? ルイさんの声、聞こえない」 『ううん。 さっきまで車内に居たんだけど、あんまりうるさいから車降りた』 「あはは……っ。 葉璃が、そんな事言うなんて、相当だね」  基本的に穏やかな葉璃は、よほどの事がない限り誰かに強く言い返したりしない。  オーディション会場で見せた激怒がまさしくそうで、納得がいかなかったり、誰かを守るためだったりで葉璃は初めて声を荒げる。  ルイさんとの言い合いにはそこまでの熱は感じないけれど、つい嫉妬してしまうくらいには、俺は到底引き出せない葉璃の一面だ。 『恭也ー……早くおいでよ。 あと何分で着くの?』  雑誌を閉じて笑っていたところに、凶悪なまでに可愛い不意な催促をされた。  ……いきなりそうくるか。  完全に油断してた。 「……っ、え、えーっと。 ここからだと、四十分くらい、かな」 『分かったー……。 待ってるね』 「うん。 ルイさんと、ケンカしちゃ、ダメだよ? いい子にね?」 『それは約束できないー』 「約束してくれないなら、本番前のハグは、ナシだよ」 『うっ! 約束する! ルイさんとケンカしない!』 「ふふっ、……じゃ、あとでね」  通話の切れたスマホを手に、あまりよろしくない嫉妬という感情が綺麗さっぱり消えている事に気付く。  毎日一緒に居なくても、葉璃にとって俺はセナさんの次に甘えられる存在。 唯一の親友の位置は揺らがないと信じていれば、心を広く持っていられる。  ルイさんは決して、悪い人じゃない。 むしろあの葉璃が心を開いているほど、根はとても良い人なんだと思うから。  俺が勝手にライバル視して、仲の良さに嫉妬して、……どうしようもない。 幼稚園児でも分かること。  ……と、言いつつ、今の会話こそルイさんに聞かせるべきだったと思った俺は、やっぱり幼稚な男だ。  ──トントン。  冬の装いのモコモコした葉璃を見やり、フッと苦笑した俺の小さな楽屋にノック音が響いた。 「お疲れーっす! 恭也いるー?」 「はい? ……あぁ、水瀬さん。 お疲れさまです」  林さんかと思えば、現れたのは随分久しぶりに顔を見る若手俳優、水瀬由人(みなせ よしと)だった。  彼は一昨年の戦隊ものシリーズに出演した事で人気になった、俺より一年先輩の俳優さん。  水瀬さんとは今撮影中の映画で共演するのは知っていたけれど、顔合わせの時に挨拶して以来、姿が見えなかった。  俺と同じくらい出番があるのに、最近になってようやく彼が出演するシーンを撮影し始めたとスタッフの方から聞いて、改めて挨拶に行かなきゃと思っていた。 「今日の撮り終わったんだって?」 「はい。 日曜まで俺のシーンは無いそうです」 「そうなんだ。 ん〜〜。 どうしよっかなー」 「…………? どうされたんですか?」 「いや……恭也って実家住みだっけ?」 「そうですけど……」 「そっかーじゃあ無理だなー」  今日で会うのは二回目なのに、なんでそんな事を聞くんだろう。  さらに「やっぱ図々しいよなぁ」と呟いているのを聞いてしまうと、無下にも出来ない。  何しろ水瀬さんはまだ、デビューして三年目。 売り出し中の若手俳優は、事務所によりけりだけれどそれほどお給料を貰えないと聞く。  彼の発言を総括すると、一つしか思い当たらない。 「水瀬さん、泊まる場所、探してます?」 「そうなんだよ。 家帰らんねぇからさー」 「え?」  やっぱりそうか。 しかもこの表情からして、何か事情がありそう。  でも俺がひとり暮らしだったとしても、顔見知り程度の人間を泊めるのはさすがに無理だよ。 葉璃なら大歓迎だけど……。  水瀬さんは一度扉を振り返り、林さんの足音がしない事を確認してから俺のそばにあるパイプ椅子に腰掛けた。  実家住みの俺に、まだ何か用事あるのかな。 「恭也口堅そうだから言っちまうけど、俺女と住んでて」 「あ、あぁ……そうなんですね」  どうしよう。 小声で俺に語り始めた水瀬さんが、「オフレコな」と挟んだ。  とんでもない事を聞かされそうな気配に、モコモコな葉璃を眺めている場合ではなくなった。 「その女とトラブっちまって、今ヤバいんだよ。 俺のシーンの撮りが半年延びたのもそのせいでさ」 「えっ、トラブったって……」 「俺がDVしたって騒がれて、警察沙汰にまでなりかけたんだ」 「え!?」  滅多に驚かない俺だけど、目を見開いた。 だってそれは、相当なオフレコ話だ。  口が堅いのは確かだけれど、俺に話すのは違うでしょ。 それが本当なら、この事は事務所からも口外するなってキツく言い渡されていると思う。  なぜ水瀬さんがいきなり自身の暴露をし始めたのか分からないまま、俺は聞き役に徹した。 「実際はそんな事してねぇんだぜ? 逆に女の方がヒス体質で薬欠かせなくて。 酒と薬一緒に飲んでワケ分かんなくなっちまって、俺に物投げたり暴れやがったから腕掴んで止めたんだよ」 「そ、それでなんで、DV扱い、されるんですか?」 「人間が本気で暴れた時って、それがたとえ女でもこっちも本気になんねぇと止まんねぇの。 俺が手首掴んだとこがアザになってて、それがDVだって」 「その一回で、ですか」 「そう。 アイの奴……マジで勘弁してほしー」 「……名前、言っちゃってますけど」 「あ、ヤバ。 ごめん聞かなかった事にして」  はぁ、と頷いた俺に、水瀬さんは「オフレコな!」と釘を刺して慌ただしく楽屋を出て行った。  もしかして愚痴を言いたかっただけ、なのかな。 知り合いの俳優よりも、〝口が堅そう〟な新人にならいいやと思ったのか……。  っていうか、この話どこかで聞いた事があるな。  ……どこだっけ。

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