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… … …
現在、音楽番組以外で葉璃に会えるのは週に二日の番組収録の時と、ETOILEとしての取材の時。 あとは不定期に組まれたレッスンでたまに顔を合わす程度。
会えば必ず欧米式の挨拶を交わして、本番前はもっと強く抱きしめ合う。 それは葉璃の緊張をほぐすために行っている恒例行事のようなもので、他でもないセナさん公認。
だからこれは俺だけの特権で、俺にだけ許された事、なんだけど。
先週葉璃にハグを拒否されて以来、除け者を極端に嫌がっているルイさんは躍起になっていた。
「……恭也、ちょっと対決しようや」
「……対決? 何のですか?」
「二人で同時に両手広げて、ハルポンを待つねん」
「………………」
そんなの……そんなの、俺が勝つに決まってるでしよ。
自惚れている俺は、ルイさんの本気の目に負けて立ち上がった。
俺と葉璃は、すでにバラエティー番組用のラフな衣装を着ていて、スキンケアもしてもらっての本番直前だから、グズグズしている時間は無い。
一体何が始まったんだと戸惑う葉璃から少し距離を取って、今日も葉璃からのハグを拒否されて気が治まらないらしいルイさんと横並びになる。
先週約束したチョコリスタのカップを手に、数メートル向こうの葉璃が小さく首を傾げた。
あぁ、可愛い。 今日の衣装も似合ってる。 あ、……ついさっき手渡したチョコリスタが、もうあんなに減ってる。 本当に好きなんだな。
「ええか、ハルポン。 俺らが同時に両手広げて〝おいでおいで〟するから、どっちかにギューするんやで。 悩んだらあかん。 直感で来いよ」
「……はい」
ガキ大将のようなルイさんの言葉に、あまり意味が分かってない様子の葉璃が渋々頷いた。
ただハグするだけなのに、何この緊張感。 遠巻きに見ている林さんも呆れ顔だ。
そっと隣を窺うと、ルイさんはまるで憎きライバルに向けるような視線で俺を見ていた。
どちらからともなく頷き合い、そして同時に両腕を広げた瞬間──。
直感で、と指示された葉璃は迷う事なく俺の腕に飛び込んできた。 チョコリスタを持ったまま、きゅっと俺に抱きつく。
その拍子にふわっと葉璃のシャンプーの香りが舞い、思わず笑みが溢れ。
……自惚れていて良かった。
「ふふっ……」
「あぁぁ〜〜!! クッソぉ……負け試合やったかぁ、……って、えっ? ハルポンっ?」
そう安堵したのも束の間、俺の体にしっかり抱きついてきた葉璃の体がすっと離れていく。
えっ?と温かかった腕の行き先を探すと、なんと葉璃は、ルイさんの腕を引っ張って体を寄せていた。
チョコリスタが握られている右手はルイさんに、左手は俺にしがみついていて、俺とルイさんの肩同士は密着し、その中央に葉璃が居て二人に抱きついている、という構図だ。
……これはどういう状況? どういう意味?
動揺する俺と、一瞬にして絶望から歓喜へと変わったルイさんの間で、葉璃がポツポツと語り始めた。
「あの……これになんの意味があるのか分かんないですけど、ルイさん気にしてるみたいだからちゃんと言っておきます。 ……そりゃあ、恭也の方が付き合いも長いし、大好きで大切な親友であり、仲間なんです。 でもルイさんも仲間になった、……仲間は大切ですから、今日からはもう……三人でぎゅーすればいいと思います。 どっちの方が、とか、俺あんまり好きじゃないです……」
「葉璃……」
「ハルポン……っ」
くぐもった声で語られたそれと、髪の隙間から覗いた耳の赤み。 純粋で邪気の無い葉璃が、今の精一杯の気持ちを俺たちに伝えようとしている。
なんだか胸に染みた。
不思議と〝俺を選ばなかった〟という嫉妬は湧かず、葉璃の言葉に刺激された俺は無意識にルイさんの肩に腕を回していた。
──そうだ。 俺達三人はもう、〝仲間〟なんだよね。
あまり感情を表に出さない俺と、真逆のルイさん。
特にお互いに不満があるわけではないのに、見えないところで葉璃を取り合って……何とも見苦しかった。
少しだけ天然の気がある葉璃にも、それが伝わってたんだ。
現状はまだ五人体制ではないETOILEだけれど、二人から三人へと仲間が増えたのは大きな変化で、受け入れなくてはならない事実だ。
俺と葉璃それぞれの仕事が落ち着く年明けから、ルイさんも交えた本格的なレッスンが始まる予定なのに、会う度にこんな調子では葉璃もきっと気持ちが晴れない。
黙っているルイさんの胸中も、俺と同様に反省一色か、もしくは……。
「ハルポン、恭也、……俺泣きそうや。 泣いてええか」
「えっ!?」
「俺も、泣きそう」
「えぇっ!? なんでっ? ……あっ、ちょっ? 二人ともほんとにうるうるして……っ」
葉璃がいけないんでしょ。 優しくて逞しくて可愛いことを言うから。
俺とルイさんの心に、葉璃の気持ちが浸透した。
葉璃は常々、言ってたもんね。
〝CROWNの三人みたいな強い絆が、羨ましい〟って。
離れようとした葉璃を、俺とルイさんが同時に引き止めてもう一度三人でのハグをした。
それは円陣を組む時とは少し違う、より密接なもの。
「俺頑張る。 二人の色と積み上げてるもんを壊さんように、しっかりやったるわ」
「は、はい……っ、分かりました、けど、……あのっ、二人とも大きいから俺つぶれてる……っ、苦しいよっ」
「あと一分、我慢して、葉璃」
「そうや。 〝仲良きことは美しきかな〟やで、ハルポン」
「それは分かりますけどーっ!」
二人からギュッと押しつぶされて、苦しさのあまり葉璃が大声を上げた。
それを離れたところから見ていた林さんはクスクス笑いながら見ていて、俺はそんな彼のことを手招きして呼んだ。
近付いてきた林さんの肩に腕を回して、結果一分と言わずしばらくの間、四人で感動的なハグをした。
ETOILEは、もはや林さんが居なきゃ成り立たない。
林さんもETOILEの一員……仲間だから。
その後の本番中、カメラで抜かれていない事を確認した葉璃は、周囲に聞こえないよう俺にそっと耳打ちしてきた。
「これから毎回四人でハグするのかな?」
「ぷっ……」
咄嗟に口元を押さえたから良かったものの、危なかった。
俺に耳打ちするまで、本番そっちのけでそれをずっと考えてたのかと思うと、可愛くて可笑しくて。
毎回四人でハグ……どうかな。
俺は葉璃が好きなように、望む通りに、振る舞うだけだよ。
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