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… … …  十一月、二週目に入った。  少し日にちはズレたものの、CROWNとETOILEが共演したハロウィン特番が先週末に放送された。  視聴者からのリクエストにより、昨年のような番宣絡みではないにも関わらず、俺たちは今年も揃ってドクターとナースの衣装で。  五人がシャッフルし、他アーティストの歌を三曲カバーするというハロウィン特番ならではの楽しい収録だったから、耳にする良い評判は単純に嬉しい。  なぜか昨年同様ミニスカナースを強要されている葉璃のほっぺたは終始膨れていたけれど、俺もアキラさんもケイタさんも、もちろんセナさんも見惚れるほど可愛かった。  こっそり写真を撮って部屋に飾りたいほど、可愛かった。  ただしそう思っていたのは俺達だけじゃなく、特番が放送されるや映画の撮影現場での葉璃への賞賛の声はこれまでの比ではなかった。  共演している俳優さんや女優さん、さらにはスタッフさん達からも「ハルくん可愛い」、「ハルくんステキ」、「ハルくんに会ってみたい」の言葉を何度聞いたか分からない。  自慢したくてしょうがない気持ちを抑えるのが大変だった。  キャラと見た目が周囲に受け入れられ、定着し、実力も相まってすべてが葉璃のプラス評価に繋がっている。  それはとても喜ばしい事で、俺も嬉しいんだけど……やっぱり俺の方が置いていかれちゃいそうで不安だよ。  中性的で華やかな見た目に拍車が掛かっている葉璃に会う度、そう思う。  優越感と不安の狭間に居る俺は、すぐに私的感情を挟む傾向にあって。 葉璃が思うほど、嘆くほど、成長なんか出来ていない。  葉璃、置いてかないで──俺の方が卑屈になっちゃいそうだ。  ……はぁ……。 「……はぁ……」  内心で溜め息を吐いた俺の隣で、同時にそれが聞こえた。  今日はいつものバラエティー番組の収録日で、さっき撮り終えたところだ。  林さんとルイさんがスタッフさんとの打ち合わせで席を外し、俺達は私服に着替えて二人の帰りを待っていた最中。  セナさんが見繕っているという私服がよく似合っている葉璃は、先々週辺りからあまり元気が無いように見えた。 「……葉璃? どうしたの?」 「んー……」 「お腹空いた?」 「ううん、……違う」 「……じゃあどうして、溜め息なんか……」  心なしか表情にも覇気が無い。  空腹で機嫌が悪いのかと思えば、そうじゃないと首を振る。  葉璃に視線を寄越された俺は、何かあるなら話してほしいと瞳で訴えた。  すると葉璃はおもむろにスマホを取り出し、 「……チャットに打つね」 と言うなりすぐに文字を打ち始めた。 「え、あぁ、……うん。 分かった」  どこで誰が見聞きしているか分からないテレビ局の楽屋では、そうそう口に出来ない事らしい。 浮かない表情の理由を話してくれると知った俺も、スマホを取り出す。  少し珍妙だけれど、隣に居る葉璃からのメッセージを待った。  その間、どうしても覗き見てしまう横顔。  ヒナタちゃんの任務のためなのか、夏前から肩位置で髪の長さを揃えられている葉璃は誰が見ても女の子みたい。  サイドにかかる髪を耳にかける様も、まるでそう。 〝Lilyのアイさんって覚えてる?〟  届いたメッセージを見て、頷いた。 「うん」 〝連絡が取れないんだって〟 「えっ!?」 〝最悪、年内まで連絡が取れなかったら、アイさんはLilyを脱退するかもって話がある〟 「えぇっ!? じゃ、じゃあ、……」  なんという事だ。  葉璃が極秘任務を引き受けた最大の要因であるアイさんは、表向きには〝怪我が完治した〟という名目で年明けからLilyに復帰すると聞いている。  恋愛御法度の女性アイドルが彼氏とのいざこざで離脱している現状を事務所側が許すはずもなく、葉璃を含め残ったメンバーにもペナルティを課した。  事務所は、アイさん年明けの復帰に向けて秘密裏に動いていて、……というか、そうしてもらわないと葉璃の本来の活動が制限されたままになるのに。  連絡が取れないって、今年もあと二ヶ月も無いんだよ。 年内いっぱいの約束だったヒナタちゃんの任務は一体どうなるの。  画面から葉璃の横顔に視線を移すも、まだ何か文字を打っていた。 〝ヒナタは年内いっぱいのサポートメンバーだってメディアにも発表してるから、大丈夫だと思う〟 「あー、……そっか」 〝レッスンがちょっと憂鬱なんだ。 せっかくまとまりかけてたのに、アイさんの事でみんながまたピリピリしてて〟 「………………」 〝Lilyの仕事は来月の特番で終わりだし、がんばろうって思うんだけど〟 「……うん、……」 〝レッスン行きたくないなって思っちゃう〟 「……葉璃……」  ようやく顔を上げた葉璃はしょんぼりと肩を落として、恐らく同じような表情をしている俺を見詰めた。  ……可哀想に。 こんな大役を引き受けたばかりに、葉璃はこの短期間に様々な悪の感情を目の当たりにしている。  女性同士の妬みは陰湿で、俺は途切れ途切れにしか知らないけれど聞いているだけですごく嫌な気持ちになった。  元々が内向的な葉璃は何も言わず一人で耐えていて、終いにはセナさんをキレさせたという。 無論、その怒りの矛先は彼女達だ。  葉璃と行動を共に出来ない俺はいつも事後報告で知り、毎度何もしてやれない不甲斐なさに心が締め付けられる。 「葉璃、……ぎゅー、しよ」 「……うん」  おいでと両腕を広げると、すぐに立ち上がって俺に抱きついてくる葉璃は、そこでもまた溜め息を吐いた。  抱き締めた体が華奢で、断じてやましい気持ちは無いと自身に言い訳しながらも、ついつい細い腰に手が伸びる。 「ごめんね、恭也……愚痴っちゃった」 「いいんだよ。 葉璃は、逆だよ。 言わな過ぎる。 我慢しないで? もうヤダって、思ったら、俺が乗り込むからね」 「ふふっ……恭也、聖南さんと同じこと言ってる」 「……悔しいけど、セナさんなら、俺よりも確実だよ」 「恭也にも聞いてもらいたかったからいいんだ。 愚痴ったらちょっとだけスッキリした」 「そう?」  誰かに話す事で心が軽くなるというのはよく分かる。  離脱したアイさんが原因でピリピリムード……しかもレッスンが憂鬱だなんて、何もかも悪循環だ。  ……俺も何か、葉璃に出来る事はないのかな。 「次のレッスン、いつなの?」 「……明日」 「明日、か。 ……午前中だよね?」 「うん」 「俺も、行こうかな」 「えっ!?」 「明日は俺、午前中フリーなんだ。 撮りが、大詰めでね。 主役二人のシーンが、多いんだよ」 「で、でも……っ」 「うん、そうしよう」  驚いて目を丸くした葉璃と、いつもより近いところで見詰め合う。  滅多に吐かない愚痴を打ち明けてくれた葉璃に、俺が出来る事。  それは、葉璃が安心出来るようにそばに居てあげる事だ。

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