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昨晩ベッドに入って、はたと気付いた。
明日、俺が突然出向いても葉璃のレッスン風景を見せてもらえないんじゃないか、メンバーの子達に牽制していると見抜かれてさらに葉璃の居場所が無くなるのではないか、……そういう事ではなく。
しょんぼりした葉璃からLilyの話題を出され、明日の付き添いは〝乗り込む〟勢いでいたところに、ふと例のゴシップを思い出したんだ。
DVの疑いをかけられて警察沙汰にまでなりかけた水瀬さんが、口を滑らせていた彼女の名前。
そして葉璃の極秘任務の際に受けた説明の中で、Lilyの離脱メンバーのアイさんも、彼氏によるDV被害で警察沙汰になっているとの事だった。
もしかしたらそれは別の「アイ」さんかもしれないけれど、両者の事情と時期がこんなに合致する事ってあるかな。
水瀬さんから突然打ち明けられたこの話を、どこかで聞いた事あるなと思った俺はすっかり忘れていた。
掴むつもりのなかったゴシップの点と点が、思わぬところで繋がり真っ直ぐな線になった。
現在SHDエンターテイメントは、アイさんと連絡が取れていない、このままだとアイさんはLilyを脱退するという話まで出ている……。
この件を誰彼構わず吹聴するつもりなんか微塵も無いけれど、知っているのに知らないフリをするというのは俺にとっては難しい事だ。
水瀬さんはアイさんと同棲している部屋には帰りたくない様子だったし、事務所がアイさんと連絡がつかないからって、俺が水瀬さんに伝言を頼むのもおかしいし。
気付いてしまうと、このゴシップについて俺は完全な部外者ではなくなった。 偶然握ったにしても、ちょっと空恐ろしいほどに話は繋がっている。
「……どうしたもんかなぁ」
翌朝八時過ぎ、事務所で葉璃と林さんの到着を待つ間しばらく考えてみたけれど、俺には何の名案も浮かばない。
こういう時、事情を知ってるセナさん達ならどうするだろう。
ロビーのソファに腰掛けてそんな事を考えていると、向こうから葉璃とセナさんが仲良さげに歩いてきた。
絶好のタイミングで、有力者が現れた。
「おはようございます、セナさん。 葉璃」
「恭也、おはよー」
「おーっす、恭也。 あっちに牽制しに行くんだって?」
「あぁ、いや……まぁ」
「昨日葉璃から話聞いたよ。 俺も行きてぇんだけど、仕事があってな。 恭也頼むわ」
葉璃にはその言葉は使わないで居たのに、事情を知ったセナさんは迷わずそう思ったんだな。 やめとけ、と言う気配の無い事務所の先輩がニッと笑ってくれて、ホッとした。
俺が行ってどうなるものでもないかもしれない。 彼女達は過去に陰湿なイジメのような事を葉璃にしでかしていたから、俺が顔を出す事で事態がもっと悪い方へ転ぶかもしれない。
けれど、残りの期間を乗り越えなきゃいけない葉璃にとっては〝今日〟が大事なんだ。
憂鬱だと愚痴を吐いた、葉璃から届いたSOSに応えるのみ。 そばに居る事で葉璃の気持ちが軽くなるのなら、後々どんな事になっても俺が率先して事態の収集に努めたいと思っている。
──あと正直、以前からすごくムカついてたんだよ。
〝牽制〟したくもなるでしょ。
「はい。 ……ところでセナさん、五分ほど、お時間いいですか?」
葉璃の付き添いに関しては快く背中を押してもらえたので、気掛かりは例のゴシップについてだけだ。
このあと急ぐなら電話でもいいけれど、もしも今話せる状況なら直ぐがいい。
頼もしい有力者は、見るからに高級そうな腕時計を見やり頷いた。
「ん? ああ、大丈夫」
「じゃああの……できれば、密室になれる、ところで」
「……オッケー。 じゃあ四階行こ」
「え、……聖南さんと恭也、二人っきり? わぁ……っ」
「葉璃も、来て」
俺のただならぬ様子に、セナさんはすぐ動いてくれた。
万が一を考え、SHDに少し遅れるかもしれない旨を林さんに伝えてもらうよう指示すると、セナさんが先頭でエレベーター前へと歩んだ。
……ん? ちょっと待って。
葉璃、「わぁ……」って何?
「……葉璃?」
「いやっ、そんな……っ、なんか俺、お邪魔じゃない?」
「なんで邪魔なんだよ。 恭也が来てって言ってんのに」
「だ、だって二人の組み合わせってなんか……なんか……!」
「葉璃、なんで真っ赤になってんの?」
エレベーターの扉が開き、俺とセナさんが乗り込んでも葉璃はなかなかその場を動こうとしなかった。
その腕を掴んで無理やり乗り込ませたセナさんは、葉璃の言う意味がまったく分かってない。
と言いつつ、俺も最初は分からなかった。 でも葉璃の表情と戸惑い加減で、何となく察してしまう。
……まったく……。
自分達がそういう関係なのもあるだろうし、俺と葉璃が世間にどう見られてるかを理解して黙認しているのも偉いと思うよ。
ただ、無関係の俺を、葉璃の頭の中で巻き込むのはやめてほしいな。
「……葉璃ってば……そういう、一部の人にしか理解されないような、妄想はしちゃダメ」
「だ、だよね! どっちがどっちなんだろって考えちゃった! ごめんっ!」
扉が閉まり、エレベーターは四階へと上昇する。
ふわっと体が浮くような僅かな感覚に気を取られる間も無く、赤面した葉璃の慌てっぷりに笑みがこぼれた。
「ふふっ……葉璃は、どっちがどっちだと、思った?」
「そ、そうだなぁ、……。 深いとこまでは考えなかったんだけど、どっちもいけちゃうっていうのはアリ?」
「うーん……俺もセナさんも、ナシじゃないかな」
「そっかぁぁ、そうだよね。 二人が並ぶとつい妄想がっ」
「あははっ、葉璃、今日も可愛いね」
俺とセナさんを交互に見上げ、落ち着かない黒目が未だ妄想中である事を匂わせている。
四階に到着し滑らかに開いた扉を降りる際、黙って俺たちの会話を聞いていたセナさんはとうとう首を傾げた。
「なぁ、二人で何の話してんの? さっぱり分かんねぇんだけど。 てか俺の前で堂々とイチャつくな」
「えぇっ? どっちかと言うと聖南さんと恭也でしょ!」
「はぁ? 何言ってんの、葉璃ちゃん」
「ふふっ……」
まったくもって分からない世界だけれど、葉璃は脳内で俺とセナさんのカップリングを作り上げ、一人でドキッとしている。
俺は……どっちがどっちとかあんまり考えたくないなぁ……。
相手が葉璃だったら、何の問題もなく受け入れるんだけど。
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