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突然の葉璃のBL妄想のせいで話が脱線しそうになったけれど、本題はこれからだ。
小会議室のパスワードを入力し、セナさんの指紋で解錠したそこへ三人で入室する。
他言無用を重々承知の上で、どうしたら良いか分からないゴシップネタを打ち明けるのにセナさんは最適だと思った。
この話がそれぞれ別の相手であれば俺も放っておくつもりだったんだけど、現在葉璃が深く関わっているLilyが絡んでいるとなると、そうも言っていられない。
葉璃に関係する事は知っておくべきで、尚且つこの業界の大先輩であるセナさんになら、話してもいいだろうと判断した。
「──えぇっ……!? そんな事って……」
「……おぉ……マジかよ。 それはとんでもないネタだな」
葉璃とセナさんは俺の話に静かに耳を傾け、一様に驚愕した。
芸歴の長いセナさんでもそういう認識を持ったという事は、やはり俺が一人で抱えておくには重過ぎる〝ネタ〟だったんだ。
何脚か在るパイプ椅子に誰一人腰掛ける事なく、会話は進む。
「その水瀬ってヤツは俳優復帰してんの?」
「はい、つい最近ですが。 そもそも彼のシーンは、後半の撮影でも補えたので。 監督と、水瀬さんの事務所が、どういう話し合いをしたのかは、分からないですけど」
「DVの事実は無えって、水瀬は言ってたんだな?」
「そうです。 でもアイさんの方は、DVだったと。 ただそれも、彼ら個人個人の、言い分です。 SHDが、アイさんの活動休止を決めるほどの証拠を、握ってるのかもしれませんよね」
なるほど、と呟いて腕を組むセナさんの隣で、他人事ではない葉璃も神妙な顔をしていた。
俺は水瀬さんから直接話を聞いた立場で、オフレコだと口止めもされている手前心苦しいけれど、セナさんがこのネタを共有してくれただけで、何故かとても安心して発言できる。
「アイさんと連絡がつかないっていうのはなんでなのかな?」
「さぁなー……どっちの意見信じりゃいいのか分かんねぇけど、恭也が聞いた水瀬の言葉がホントならアイは見限られてるって事になるよな」
「……そうですね。 日頃からお薬が、絶えなかったようですし……。 それでヤケを起こして、自暴自棄になって、誰からの連絡も、取らない……という可能性が」
「今の所それが最有力だな」
「えぇ……」
俺もその線が一番有力だと思った。 でもまだどちらの話が真実なのかがハッキリしないので、あくまでも憶測だ。
他人の色恋などまったく興味が無いし、葉璃が関わっていなかったら本当に知らないフリを通せたこの話。
葉璃も不安そうだ。
「アイさんの件どうなったのかなって、俺いつも気にかけてたんだけどな……。 連絡がつかないって俺もついこないだ知って、ヤな予感してたんだよ……」
「それは林から聞いたんだっけ?」
「そうです。 あちらの事務所から、現状こうなってますって連絡がきたらしいんですけど……なんでそんな報告をしてきたんだろって、それは考えなくても分かりました」
「…………?」
「SHDは何かあったら俺が出るってもう分かってんだろうな。 後々面倒な事になったら、なんで報告しなかったんだってキレて物申しに行くのは俺だし」
「……ですよね」
「あぁ……そういう事、ですか」
セナさんを上目遣いで見やった葉璃の表情がますます曇る。
そんな事にはなってほしくないと、現時点で被害を被っている葉璃の心中が何よりも心配だ。
俺がそう思ったのと同時に、セナさんは葉璃の肩を抱いてヨシヨシしてあげている。
「まずは本当に警察沙汰になってんのかどうか調べる必要があるな。 もしDVで捜査進んでたら水瀬の活動を一旦止めとかねぇと、映画の公開に支障が出る」
「公開に支障が……?」
「あぁ。 よくあるじゃん。 役者が問題行動起こしたり、警察に厄介になったら映画の公開が延期になる事。 最悪の場合はお蔵入りだぞ」
「えぇっ!? そんなっ……」
「薬と暴力はお蔵が一般的だしな。 話題にはなるから公開したとしても一時的な集客は見込めんだが、イメージは最悪。 作品に罪は無えと俺は思うんだけど、制作サイドとスポンサーが確実にいい顔しねぇよ。 てか出演した役者に悪い印象付いたまんま映画観たって、本人を知らねぇ視聴者側はどうしてもニュース映像チラついて内容入ってこねぇだろ」
「………………」
「………………」
さすがだ……。 俺の下手くそな説明を完全に完璧に理解してくれたセナさんは、この数分のうちにそこまで考えたのか。
俺は葉璃の事ばかり気にしていたけれど、実際は水瀬さんと共演する俺にも、そして映画に携わる皆が無関係では無いって事だ。
だから水瀬さんはオフレコだって言ってた、……。
これが真実であろうが無かろうが、疑惑が出た時点でイメージダウンは避けられない。
損害を被りたくないはずの事務所側から、水瀬さんはキツく口止めされていたはずなのに、ほとんど面識の無い俺にまで声かけて宿探ししてうっかり口を滑らせて。
俺にオフレコだと言った水瀬さんはもしかすると、他の役者さんにも彼女の名前は伏せて自らペラペラ話して回っている可能性がある。 それは自暴自棄説が濃厚なアイさんも同様。
これは……はじめにセナさんが言ってたように、〝とんでもないネタ〟に違いなかった。
……俺の予想以上に。
「大塚の顧問弁護士にそっち関連調べてみるよう言っとくわ。 それが解決しねぇと、恭也が今撮ってる映画も葉璃の任務もどうなるか分かんねぇ」
「お願い、できますか」
「……聖南さんっ、よろしくお願いしますっ! 俺の任務よりも、恭也の映画とLilyの今後が心配です……!」
「分かった。 恭也、情報ありがとな」
「いえ、そんな……」
セナさんはそう言うと「ガチのオフレコだ」と人差し指を唇にあてて、腕時計を見た。
葉璃の頭をナデナデして、俺の肩をポンと叩き、一足先に仕事に向かって行ったセナさんは何をしても様になる。
おまけにセナさんは、軽やかに俺からこの件の責任を奪った。
……かっこよ過ぎる。
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