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第三者に他ならない俺達は、見通しが立たない件でいつまでも悩んでいてもしょうがない。
セナさんが事務所の弁護士さんに託したのなら報告を待つしかない……と俺は気持ちを切り替えられたんだけど、林さんの運転でSHDのレッスンスタジオへ移動中の葉璃はまだ、神妙な顔付きのままだった。
「葉璃、……大丈夫?」
「……うん」
「ほんとに? 俺、余計な事、言っちゃったよね……」
ごめんね、と謝った俺に、葉璃が首を振って見せる。
この話を伝えるのは、もちろんセナさんだけでも良かった。
けれど葉璃もあの場に呼んだのは、妄想中だった俺とセナさんのカップリングを証明付けたかったわけじゃなく、どのみち後から知ることになるなら今話しておこうとしたんだ。
セナさんは、葉璃に隠し事はしない。
同じ部屋で暮らす二人の間で、この一件が語られないはずもない。
「……恭也のデビュー作がすごく評判良いって、聞いてるから……」
「うん?」
送ってくれた林さんにお礼を言い、車を降りてすぐ葉璃が口を開いた。
レッスン着の入った鞄を抱え、帽子を深く被り、さらにはマスクで身バレ防止を徹底している葉璃と、他事務所のスタジオの裏口から俺も辺りを気にしつつお邪魔する。
「もし今回の件で、今撮ってる映画が公開できなくなったら悔しいなって……思って」
「……そうだね」
「恭也だけじゃないじゃん。 関わる人みんなに迷惑かかるかもしれないのに、その俳優さんも事務所もどういうつもりなんだろって、……怒りも湧いちゃって……」
「……うん」
マスクをしている上に小声で語るから、ちょっと聞き取りづらい。
少し薄暗くも感じる静かな廊下を進み、突き当たりにある更衣室ではなくトイレに向かった葉璃について行く。
え……もしかして葉璃、トイレで着替えるつもり?
慣れた様子で一番奥の個室に入った葉璃に問う間もなく、「着替えるから少し待ってて」と正解を教えてくれた葉璃に、俺は戸惑いながら頷いた。
「葉璃、あの……いつもここで、着替えてるの?」
ゴソゴソと鞄を漁る音、着てる服を脱いで仕舞う音、ジャージのファスナーを上げる音、それらを黙って聞いてた俺は納得がいかなかった。
けれど、扉の向こうから聞こえてきたのは、あっけらかんとした葉璃の声だ。
「そうだよー」
「そ、そうだよって……! こんな待遇ある!?」
「更衣室がメンバーの子達と一緒なんだもん。 居づらくて」
「そんな……っ」
「最初のうちは更衣室使ってたよ? でもやっぱりメンバー全員女の子だからさ、気を使わせたくなくて。 ……お待たせ」
これもまた憂鬱な話で、それを無理に話させてしまったからしょんぼりしてるかと思ったのに、ジャージに着替えて個室から出てきた葉璃はまったくそんな風ではなかった。
そもそもどうして、葉璃とメンバーの子達の更衣室を分けてあげないの。 すっごくすっごく可愛くて綺麗だけど、葉璃はれっきとした男の子なんだよ。
「葉璃、……っ」
「恭也が来ること、誰も知らないんだよね。 見学しててもいいか、三宅講師にお願いしてみなきゃ」
「それは俺が、交渉するよ」
そう?と首を傾げて俺に儚く微笑みかけてくる葉璃は、俺の胸中が密かに怒りに燃えている事を知らない。
だって葉璃……なんでそんなに平然としてられるの。
誰が聞いても無茶苦茶な極秘任務、メンバーからの仕打ち、レッスン場での待遇……これを葉璃は、ひとりで何ヶ月も我慢してきたっていうの?
「じゃあ先に行ってるね。 恭也が来てくれたからがんばれそう!」
「うん、がんばって」
……来て良かった。
いくらかハツラツとした葉璃の背中を見送ると、図々しくも付き添いでやって来た甲斐があったというもの。
あまり弱音や愚痴を吐かない葉璃は、セナさんと俺にしかそういう話をしないし、下手すると前回のように限界まで溜め込んでしまうほどに我慢強い子だ。
メンバーからどんな仕打ちを受けようと、きっと何も言い返しもしない。 彼女達が気を使うからと、トイレで着替える事も何とも思わない。
それがおかしな事だと、考えもしないんだ。 むしろ葉璃は、それらすべて身の丈に合っているとまで思っていそう。
あんまり怒らない俺がキレちゃいそうだよ、葉璃。
自分でも分かるほど珍しく沸々としていると、上の階から誰かが下りてきた。
ジャージ姿のその人は、歳は四十代後半くらい?
葉璃が言ってた講師かも。
「失礼。 三宅講師、ですか?」
「おぉ、君は! ETOILEの恭也君か! 驚いたな、こんなところで会えるとは。 どうしたんだ?」
話し掛けると、わりと気さくに応じてくれた。
一見厳しそうな三宅講師に俺が認知されているなら、話は早い。
「たまたま都合が合いまして、勝手ながら、見学しようと。 構いませんか」
「外から見てる分には構わんぞ。 ただし中は控えてくれ。 君が居たら彼女達の気が散る」
「分かりました」
まぁ……そうだよね。 ここは大塚のレッスンスタジオじゃないんだし、俺はLilyのメンバーと面識があるわけでもないからそれは当然だろう。
磨りガラス越しでも練習風景が見られて、休憩時間に葉璃が俺のところへ来てくれれば満足。
それについての不満は無い。
「すみませんっ。 もう一点、よろしいですか」
「なんだい?」
三宅講師がスタジオの中へ入ろうとしたので、慌てて引き止めた。
ついさっき知ったあり得ない待遇が我慢ならなかった俺は、これこそ無関係だという自覚を持ちつつ切り出す。
「更衣室、分けてください」
「……更衣室?」
「メンバーの子達と葉璃が、同じ場所で着替えをするなんて、どう考えてもおかしいです。 楽屋での同室は、仕方ないと思います。 でもさすがに、レッスン中は、分けてあげてください。 彼女達も、葉璃も、両者気を使います。 俺みたいな、よその事務所の新人が、出過ぎた事を言って申し訳ありません」
「ハルとあの子らは同じ更衣室を使っているのか?」
「そうです。 あり得ませんよね」
ちょっと気持ちが入ってしまい、口調が強くなった。
この様子だと、三宅講師はその辺に関与していないんだな。 だとしたら、訴えたところで何も変わらないかもしれない……なんて気弱になる事はなかった。
「……すまん、それは俺も知らなかった」
そうか……と渋い表情を見せた三宅講師に、俺は尚も訴える。
俺の大事な葉璃が、当然のようにトイレで着替えてるなんて、許される事ではない。
「葉璃は来月の特番で、この任務を終える予定、ですよね? 残り少ないですけれど、葉璃は本気で、この任務をきちんとやり遂げようと、しています。 だからせめて……」
「君の言いたい事は分かった。 上にそう伝えておく」
「よろしくお願いします」
本当に頼みますよ、と視線で訴え続けると、何だか逃げるようにして三宅講師はスタジオ内に入って行った。
……初っ端からムカついちゃった。
SHDエンターテイメント……。
葉璃が何も〝言わない〟からって調子に乗ってたら、俺もセナさんと同じようにキレちゃうって。
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