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 信じてほしいと願う以前に、聖南も事務所も、社長までもが特大ネタであるという認識を持った件のゴシップを、葉璃は〝その程度〟と一蹴した。  世に出てしまえばその時はその時だと。  とてもじゃないが、聖南はそんな風には思えなかった。  繊細な葉璃はきっと、聖南の思いを汲み、誤解と真実の狭間で悩み、果ては共にぐるぐると惑いつつ深い沼に沈む。  信じてくれはするだろうが、ショックは隠せないだろう。 それならば葉璃の気が済むまで謝り倒し、何とか許してもらった後に万が一の時の事を二人で思案しよう。  ──しかしこれらはあくまでも、葉璃を支えなくてはと肩肘を張っていた、叱咤される前の聖南の考えだ。 「……葉璃、……大好き。 愛してる」 「俺も、です」  葉璃は、聖南の心がぺしゃんこに潰されそうになる度に強くなっていく。  誤報を広められようが、世間が何と言おうと聖南の恋人は自分である、誰にどう思われても構わないという自信まで窺わせた葉璃に、聖南はどれだけ救われたか分からない。  迫力に圧された部分も多少あるが、言葉を失った聖南に言えるのはこれだけだった。  葉璃が想いを返してくれるだけで、聖南の体内に溜まりかけた失望が幸福感でかき消される。  今までも何度か叱咤激励を受けた聖南だが、今回は桁外れであった。  葉璃の勇猛果敢な勢いも、聖南の狂喜も──。 「……あ、グループ通話だ」 「えっ?」  聖南のポケットから着信音が鳴り響き、こんな時に……と葉璃を膝に乗せたままスマホを取り出した。  画面を確認した相手は事務所でもなく、気まずく別れた社長でもなく、〝CROWN〟と表示されたアキラとケイタとのグループ着信だ。  二人とは用が無くとも通話し合う親しい仲だが、今日の着信は何やら気安い話題ではなさそうである。  だが車内で迷っていたメッセージも結局打たずじまいのため、先走って性急に打ち明けない方がいいかもしれないと思い直した聖南は、葉璃に「ごめん」と片目を細めた。 「……出てもいい?」 「もちろんですよ! 早く出てください!」  すると思った以上に急かされ、何なら葉璃に〝通話開始〟をタップされた。 「……ん、どした?」 『セナ! お前何か撮られたのか!?』 「……は?」 『は?じゃないよ! 撮られたんでしょ!』 「いや、……」  なぜもうその話を知っているのかと、聖南は目を瞠った。  アキラとケイタに順に問われたものの、返答に困って言葉を濁す聖南に対し、二人は代わる代わる言い募る。 『社長に聞かれた。 ETOILEのオーディション最終日、セナとメシに行ったかって』 『そう、俺も! レイチェルさんと初めて顔合わせた日だからさ、俺めちゃめちゃ覚えてて! 日付けまで言えたよ!』 「……マジかよ」  聞き耳を立てている葉璃が、呆然となった聖南を真顔で見詰めている。  やや喧嘩腰で社長室を後にした聖南の言葉は、やはり信じてもらえなかったのか。 もしくは信じたくて、アキラとケイタに連絡をしたのか。  どちらであるか、社長の考えなどもはや分からない。 『社長の口振りがおかしかったから、ケイタに聞いたんだよ。 社長から電話あったかって。 そしたら同じ質問をケイタもされててさ』 『俺もヘンだと思ったんだよー! レイチェルがウソついて合流したらしいけど本当なのかって! 社長はセナから当日にその話聞いてるはずなのに!』 「あ、あぁ……」 『しかも俺ら、あの時ちょうどマスコミが張ってるかどうかの会話までしたじゃん。 別にいつも通りって感じで』 『そうだったよね! 周囲にマスコミは居なかったかどうかも、しつこく聞かれたんだよ!』 『だから俺ら、ピンときたんだ。 セナもしかしてあの時……レイチェルと撮られたんじゃね? ブツ見てねぇから何とも言えねぇけど、俺とケイタを切り抜いたりしてさ』 『うんうん!』 「………………」  写真については語らず、芸歴の長いアキラとケイタにそうと分かるように社長は問い質し、案の定二人は勘付いてしまった。  恋人である葉璃にも配慮した聖南は当然、現時点では何も判明していない事を多忙な二人に語るのは躊躇いがあった。  しかし流れと憶測を聞く限り、聖南がここで否定するのも妙だ。 「ああ、……撮られた」 『やっぱりか』 『やっぱりー!!』 「でもな、差出人不明なんだよ」 『は? なに、事務所にブツが届いたっての?』 『古典的なやり方するねー! 今時そんな記者居ないよ! ますますおかしい!』 『セナ、俺らは別々に社長から電話もらったけど、まったく同じ事しか言ってねぇから安心しろ。 とりあえず事実だけを伝えた』 『うんうん! なんかさぁ、セナの事疑ってるように聞こえていい気しなかったんだよね! 気に食わなかったから俺、ちょっと言い返しちゃった!』 『あ、ケイタもか? 俺も』 「おいっ、お前ら社長に何て言ったんだよ」  熱くなりやすいケイタはともかく、アキラまで何事かを言い返したと聞いて、心穏やかでいられなかった。  スキャンダルを報道され世間を騒がせた聖南は謹慎が妥当だと申し渡された時も、当人より白熱し事務所の幹部に食ってかかった二人だ。  気持ちはありがたいが、自ら火の粉を浴びにいかなくていいと諭そうとしても、事後では遅い。 『セナを疑うんなら俺を疑ってんのと一緒だからな、って』 『セナを疑うんなら、俺を疑ってるのと一緒だからなー!って!』 「………………」 「………………」  苦笑いを浮かべるしかない聖南は、電話越しにアキラとケイタのシンクロを聞いた。  それは葉璃にもしっかりと聞こえたようで、口元を押さえて眉をハの字にしている。  聖南もまた、スマホを握る手が若干震えた。  二人はまさに一言一句違わず、聖南を擁護するその台詞を社長に叩き付けたという。  あの時と同じく、少ない情報にも関わらず何かを察したアキラとケイタは迷わず聖南の目の前に立ち、矢面でCROWNのリーダーを守ろうとしてくれている。  〝セナは何でも一人で抱え込んじまうからな〟と笑っていた二人。  聖南を絶対的に信頼しているアキラとケイタには、打ち明ける事を迷う方が失礼にあたるのだった。 「お前ら……最高。 マジで最高の家族だ。 アキラ、ケイタ、……ありがとう」  電話の向こうで聖南の言葉を受け止めた二人は、それぞれ『照れる』だの『当たり前』だの言い返してきた。  瞳を潤ませ微笑んだ聖南に葉璃がひっしと抱きつき、感動を共有し合う。  この日、聖南は思い知った。  必死に弁解し懇願しなくとも、無条件に信じてくれる者が居るだけで救われる。  事態が好転するような望みが、降って湧く。

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