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 少しのあいだ見詰め合った後、葉璃は聖南からゆっくりと視線を外し、徐々に座高が低くなっていった。  ソファに沈みながら猫背になり、ツンと唇を尖らせ、ぼんやりとアップルティーを見やっている。 「……聖南さん」 「…………ん」 「なんで言ってくれなかったんですか」 「レイチェルに告白された事?」 「そうです。 そんな大事なことは俺に言うべき、だったと思うんですけど」 「……同感。 でもな、慣れない仕事で大変な時にぐるぐるさせたくなかったから……って、言い訳くさいか」 「………………」  葉璃は会話の時だけ、聖南を見た。  自嘲気味に笑った聖南に何を言うでもなく、葉璃の視線はまたアップルティーへと戻っていき、本格的な沈黙に入ってしまう。  結果的に隠し事をしていた聖南には、何の反論も出来なかった。 葉璃のためを思って判断した事が、結局は混乱と動揺を招いているのだ。  聖南に限ってそんな事はないだろうと信じていた葉璃が、これまでにないほどのショックを受けるのもご尤もである。  ひどく落ち込んでいるように見えた。  続けざまに詫びようにも、声を掛ける事を憚るほど。 「──葉璃、頼む。 何か言って」 「………………」 「……葉璃」  こんなにも重苦しい沈黙は、耐えられなかった。  葉璃の肩を抱き、無理やり体を寄せ合う格好にしても葉璃は嫌がらず、それどころか聖南の胸にコツンと頭を寄せてきた。  反射的に払い除けられる事を覚悟していた左手が、恐る恐るやわらかな髪に触れる。  刹那、葉璃がポツリと呟いた。 「聖南さん……俺、……どうしよう」 「何? 何がどうしよう? 今何を考えてる?」 「あの、……一つしか考えられなくて、……あの……」 「どんな事でもいいから話して。 そもそもそんな写真撮られた俺に落ち度があるんだ。 好きなだけ罵倒したっていい、……けど、これだけは信じてくれ」 「………………」 「俺は葉璃を愛してる。 葉璃に信じてもらえねぇなら死んだ方がマシだって……」 「何言ってるんですか!!」 「…………ッッ」  詫びるチャンスを与えてくれたと勘違いした聖南に、ギッと鋭い眼差しが近いところから飛んできた。  その剣幕にたじろいだ瞬間、葉璃は派手な足音を鳴らして立ち上がり、ムッとした形相で聖南の前に立つ。  迫力に負けた聖南は「えっ」と狼狽した。 「俺は聖南さんを信じてます! 信じるに決まってるでしょ! そこまでしょんぼりするほど、聖南さんは何にも悪いことしてません!」 「……葉璃、……」 「写真が世に出て事実が捻じ曲げられたって、いいじゃないですか! 俺と恭也が世間からどう見られてるか、知ってますよねっ? だから聖南さんも、目くらましになるなーくらいに考えてドンと構えててください! 俺はこれからも、聖南さんとは秘密の関係でいたいんです! その理由は聖南さんが一番知ってるでしょ!?」  聖南の方こそソファにめり込みたい気分だったのだが、沈黙の間に脳内で状況整理をしていたらしい葉璃が、突如として爆発した。  知ってるでしょ、と問われた聖南は小さく頷き、勇ましい恋人を見上げる。  葉璃が何度となく語っているそれは、聖南にとっても大きな原動力となる言葉だ。 「……葉璃が俺の背中を追いかけたい、から」 「そうです!! もし俺と聖南さんの関係がバレたら、世間がどんな反応するのかなんて目に見えてます! 今回撮られたっていう写真が広まるよりも、さらに悪い方に転ぶかもしれないんです! 俺は、……っ、俺は、聖南さんが俺の存在を公表してくれただけで充分幸せなんですよ! そりゃあみんな、聖南さんの相手が誰かって詮索したくなる気持ちも分かりますし! でもそれとこれとは別です! ゴシップ撮られたからって、俺が聖南さんにとやかく言うはずないじゃないですか!!」 「………………」  この光景を見るのは三度目である。  他人のためにしか感情を荒らげない葉璃は顔面を真っ赤に染め、唇を震わせながら、およそネガティブとはかけ離れた叱咤を行う。  聖南は、恋人宣言の相手が葉璃ではない人物で広まる事が許せなかった。 それこそデマだと各方面に訂正して回る気で居た。  後先考えず、社長には「引退」までチラつかせ憤った聖南である。  事実無根の情報で葉璃が傷付くのが嫌だった。  それが原因で聖南のもとから離れていってしまうのが怖かった。 「ねぇ聖南さん。 ……俺、聖南さんが俺のことを毎日、大事に、大切にしてくれてる事くらい分かってます」 「………………」  一通り言いたい事は言えたと、通常のトーンに戻った葉璃は聖南に両腕を広げた。  聖南はその腕を優しく掴み、引き寄せる。  日々の愛情表現がしっかりと伝わっていた事。  聖南の危惧が杞憂に終わった事。  葉璃との間に確かな信頼関係が芽生えていた事。  どれもがたまらなく嬉しくて、言葉を失った。  自らで聖南の膝の上に戻って来た葉璃が、頼りなげに見せかけたその温かい腕で、ギュッと抱き締める。 「そんな聖南さんが、俺を裏切るはずないです」 「…………っ」 「俺は多分、この世の誰よりも聖南さんの言葉を信じてます。 俺を誰だと思ってるんですか? 熱狂的な〝セナ〟信者ですよ」 「……っ、……」

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