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握り合った手のひらの小さい方が、ギュッと力を込めてきた。
「ゴシップ、? 聖南さんが……? え?」
大きな瞳がこぼれ落ちんばかりに見開かれる。
戸惑いを隠せない素直な葉璃は「え?え?」と同じ言葉を漏らし、パチパチっと何度も瞬きをした。
いかにも不思議そうに、僅かに首を傾げて聖南を見ているが、反応としては合っている。
嫌々ながら聖南は「そうだ」と頷き、離れてしまいそうな手のひらを強く握り返した。
自負が崩れ弱気になってしまいそうな心が、葉璃の瞳に射抜かれているとざわざわして落ち着かない。
「ゴシップって意味分かるよな?」
「は、はい、……なんとなく。 でも、えっ? だって聖南さんは、……」
「そう、俺は恋人居ます宣言してるんだよ。 誰とは言ってねぇけど」
「……ですよね? じゃ、じゃあ俺の事がバレた、って事ですか?」
「いや、違う。 バレたっていうより、事実を捻じ曲げられそうになってる」
「……捻じ曲げ、……??」
葉璃の頭上に、クエスチョンマークがいくつも表れているのが見えた。
どうしても聖南の心が落ち着かない理由。
それは、葉璃に信じてもらえなかったらという危惧が聖南の胸を渦巻いているからで……。
けれど遠回しに話しても伝わらない。
今ばかりは見上げる位置にある葉璃の瞳を、聖南はジッと覗き込んで意を決した。
「単刀直入に言う。 レイチェルと俺で、撮られた」
「え、……えっ!? なっ、なん、で……?」
ビクッと葉璃の体が揺らいだ。
その反応がひどく聖南の心を焦らせる。
〝違う〟、〝そうじゃない〟、〝俺の話を聞いてくれ〟と思いを込め、手のひらをギュッと握って続けた。
「葉璃、俺の言葉を信じてほしい」
「…………っ」
「今朝事務所に、差出人不明の写真が送られてきたんだ。 でもそれが、どこの誰から、何のために送られてきたのか分からねぇ」
「差出人、不明……?」
「ああ。 恐らく業界と通じてねぇ素人のやり口だと睨んでんだけど。 そんな古典的な手法、今はどこのマスコミも使わねぇし」
「……あ、あの……レイチェルさんと写真を撮られたっていうのは、本当なんですか?」
「ほんとだ。 中身は、俺とレイチェルをクローズアップしてあって、明らかに俺を陥れようとする意図を感じる写真」
「誰かが聖南さんを、陥れようと……してる?」
何でそんな事が分かるんですか、と口には出さなかった葉璃も、やはり衝撃が大きかったようだ。
聖南を見詰めていた黒目がゆらゆらと定まらず、しまいには視線を逸らされた。
当然だろう。
例えば聖南も同じ状況下で、誰かとのツーショットを撮られたと葉璃から打ち明けられたら、まずは疑心を抱く。
「そこはまだ、……意図が分かんねぇから何とも言えねぇ。 葉璃に信じてほしいのは、俺とレイチェルが二人きりで出掛けたとかそういう事実は無えって事だ」
「………………」
「写真が撮られた日時、俺ハッキリ覚えてんだよ」
「えっ? な、なんでですか?」
「ルイのおばあさんが亡くなった日だから」
「あ……」
「葉璃がルイに一晩ついてたあの日の夜、俺はアキラとケイタと三人でメシ食ってたんだ。 そこにレイチェルが来て、……」
「ま、待ってくださいっ。 なんでそこでレイチェルさんの名前が出るんですか」
「……あー……」
葉璃に遮られてようやく、聖南は一つだけ彼に隠している事があったと思い出した。
打ち明けるタイミングを逃していたわけでもなく、無論隠そうとしていたわけでもない、むしろそれは慣れない仕事に奮闘する葉璃を案じての配慮に近かった。
これを機に話してしまおう。 でなければ聖南の話の整合性がとれなくなる。
「社長と居るから俺らと合流していいかって連絡あって。 でも社長は来なかった。 レイチェルは嘘吐いて、一人で来たんだ」
「え!? な、なっ……?」
「葉璃ちゃん、アップルティー飲もうか」
「は、は、はい……」
よじよじと聖南の隣に腰掛け直した葉璃に、ティーカップを渡してやる。
熱々から適温になったアップルティーを、葉璃は小さな口でこく、こく、とゆっくり二口飲んだ。
必要以上に葉璃の世話を焼く聖南も自身のカップに口を付け、一旦脳内で話をまとめる。
なぜレイチェルがそのような嘘まで吐いて食事の席に合流したがったのか、それは〝あの事〟を話さない事には説明不可能だ。
「あのな、葉璃。 そもそも俺がこれを話してなかったからいけねぇんだ。 ただ、意味があって言わなかったわけじゃねぇ。 真っ青な顔して帰って来るくらい疲れてる葉璃に、余計な心配かけたくなかっただけなんだ。 隠し事してんじゃんって言われたらそれまでなんだけど、俺は断じてそんなつもりじゃ……」
「聖南さん! 俺に隠してた事があるんですか?」
「言ってなかった事なら、……」
「一緒ですよっ。 俺も人のことは言えないですけど、聖南さんは俺に何を話してなかったんですか? ゴシップの事と関係あるんですか?」
「……あるかも」
どこか言い訳がましくなるのは、葉璃の耳に入れていなかったのが事実であるから。
狼狽えながら、しかし聖南の予想に反し瞳に力強さが戻ってきた葉璃の語気が、少々強まってきている。
「お話、してくれますか?」
「……します」
ぐるぐるする隙など与えないと意気込んでいた聖南よりも、葉璃の方がどっしりと身構えている。
何しろ葉璃は〝信じます〟とあっさり頷いた後、〝もちろん〟と付け足していた。
どうしようもなく残念な気持ちを抱いた聖南にとって、今自分を見詰めている勝ち気な瞳は何よりも頼りになる。
聖南はもう一度葉璃の手を取り、握った。
「俺……レイチェルに告白された事があるんだ。 ガチめに」
「──っっ!?」
「もちろん断ってるよ? 世間にも公表するぐらい大事な恋人が居るってのも話してる。 でもうまく気持ちを切ってやれてなくて……」
「そ、そんな……レイチェルさんが、聖南さんを……?」
「葉璃、信じてほしい。 レイチェルからの好意に応えようとした事なんか一回も無えし、写真撮られた時だってアキラとケイタが一緒に居たんだ。 帰り際に三人でマスコミ居ねぇよなって話までして……だからマジで、どこの誰にあんな写真撮られたのか分かんねぇんだ……!」
「………………」
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