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 聖南は何回も瞬きをしていた。  俺はそれを、瞬きしないで見ていた。  電話の向こうの恭也はきっと、いつもの冷静な表情。 告げた口調がとても凛としていて、それだけで何となく事情を察する事が出来る。 「届いてないって、……どういう事だ?」 『……あ、すみません。 詳しくはメールで、送ります。 楽屋に人が、……』 「あ、ああ、そうか。 ごめんな、出番前だったのか。 じゃ空いた時間にでも。 俺も今日、例の件を弁護士に話すから」 『はい、よろしくお願いします。 葉璃、今日もがんばろうね』 「あっ……! うん! 恭也もね!」  そっか……恭也はもう撮影現場に居るんだ。 無音だった電話の向こうからガタガタと物音が聞こえてきて、早々に通話を切った。  予定では俺のヒナタの任務より恭也のクランクアップの方が先かもって話だから、撮影も大詰めなんじゃないかな。  聖南のゴシップネタで霞んでたけど、そういえば昨日もう一つスキャンダルネタがあったんだ。  恭也が偶然耳にしてしまって、思わぬところで繋がった〝例の件〟。  聖南は大変だ。 こんな時でも自分の事だけを考えてるわけにいかないんだもん……。  できる事は全部協力するよって、聖南はいつだってそういうスタンスでいるから。  役に立てるか分かんないけど、今、この状況で聖南を支えてあげられるのは俺しか居ない。  寂しい、悲しい、ツラいという負の感情をうまくコントロール出来ない聖南は、それを味わうとどうしたらいいか分からなくなってしょんぼりする。  心の底から聖南を信じてる俺を、不安いっぱいの目で見てくる。  こういう時こそ、いつもいつも引っ張ってもらってばかりの俺だから、どんな事でもいい。 聖南の力になりたい。  ただ闇雲に何をしたらいいかって考えるより、聖南が俺にしてほしいと思った事がすぐに実行出来るように、眩しい背中の真後ろに立って支えてあげたい。 「届いてないってどういう事だ……?」  決意も新たに握り拳を作った俺の隣で、運転席に座る聖南がさっきと同じ言葉を訝しげに呟いた。  ただでさえ社長への不審感で疑心暗鬼になってるところに、恭也が仕入れたという情報でさらに聖南は困惑している。 「……郵便物って誰が受け取るんですか?」 「デカい物……例えばプレゼント系なんかは事務所が契約してる私設私書箱行きなんだけど、封筒に入ってる類は受付が受け取って事務室管理。 各部署に振り分けられるのはその後だ」 「え、じゃあ受付の方が受け取ってないってこと……? 社長さんは誰から写真を受け取ったんですか?」 「……第一秘書って聞いた。 これは別におかしな事ではねぇんだ。 社長宛ての郵便物は秘書が中身確認して、……」 「………………」  第一秘書……社長秘書さんの事かな。  大塚芸能事務所の秘書課は確か二人居て、そのうちの一人……何年も前から社長付きの秘書を務めている、神崎さんという人。  三十代半ば(実際の年齢は知らない)の、いかにもキャリアウーマンって印象のちょっと香水がキツい女性。  社長宛ての郵便物は神崎さんが事前に目を通すのなら、実際には受け取っていないものをあたかもそう見せかけて社長さんに渡したって事?  おかしくない? 届いてない郵便物を社長さんに渡すなんて、……。  よく分からない。 知ってる事が少な過ぎる俺には、何がなんだかさっぱりだ。  チラと運転席側を見てみると、こちらはこちらですごくカッコいい顔で思考中。  俺は肘置きの上で固まった左手を握って、これから仕事に行かなきゃいけない事まで忘れちゃっていそうな聖南を覗き込んだ。 「聖南さん、恭也からのメールを待ちましょ」 「あぁ、……そうだな。 お、ちょうどルイも来たじゃん」  ふっと微笑んだ聖南の、微妙な違いを察知した。  何か思い当たる節でもあったのか、俺と離れたくないからなのか、……って、後者は自惚れ過ぎだよね。  聖南の車の隣に、黒の軽自動車がバック駐車された。  運転席から手を振ってくるルイさんにペコッと頭を下げると、離れるのが名残惜しくて繋いでいた手を、俺は一度ギュッと握った。 「あの、……聖南さん。 何かあったらぐるぐるする前にすぐに連絡してください。 悲しいなとか、寂しくなった、って思った時もです」 「……ああ。 ありがと、葉璃。 夕方には俺事務所に居るから。 五月に録ったETOILEの新曲、一緒に聴こう」 「わぁっ、完成したんですね!? 聴きたいです!」 「ふっ……かわい。 じゃあ行ってきます、行ってらっしゃい」 「あははっ。 はい、……行ってきます、行ってらっしゃい」  車を降りる間際まで、俺達は手を離せなかった。  微笑み合ってバイバイしたあと、走り去る聖南の車を見送りながら心の中でもう一度、「行ってらっしゃい」と言った。  すると遠ざかっていく車の運転席側の窓からニュッと腕が出てきて、何だろうと目を凝らすと、降りた場所から一ミリも動いてない俺に聖南が無言の〝バイバイ〟をしてくれた。  俺が立ち竦んでしまっていたの、バックミラーで見られちゃったんだな。  恥ずかしいような、嬉しいような。 「……俺も、絶対的に聖南さんの味方ですからね」  逃げたくてたまらなかった時、いつかの聖南のこの言葉に大きな勇気を貰った。  俺が信じる事で聖南に活力を与えられるのなら、今度は俺が返す番。  きっと俺の前以外では普段通りを装う聖南の心を、誰にも壊させたりしない。 我慢もさせない。  あんな寂しそうな瞳、ずっとさせてちゃいけない。  ……と言いつつ。  年上だし、仕事上では大先輩だし、俺には何もかも手の届かない人だから、こんなこと思うのは失礼なのかもしれないけど……聖南はすごくすごく可愛い人だ。  子どもをそのまま大きくしちゃったような、俺なんかよりもずっと純粋な心の持ち主だと思う。  まぁ、それは、前から知ってたんだけど。

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