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30♣発覚 ─ルイ─

〝Lilyの出演が決まったんですね。 はい、……はい。 あ、そうですね、十二月二十五日……はい、……それについては一度社に持ち帰ってお話を……〟  偶然聞いてしもた、林さんと誰かの通話。  そばに寄っとかんと聞こえんくらいのめちゃめちゃ小っさい声で、林さんは辺りを気にしながら降りかけた車のドアを閉めた。  ここは何の変哲もない、若干規模デカめのどこにでもあるようなコインパーキング。  日中でもそんなに人通りは多くないが、撮影スタジオから五分くらい歩くし、人目を嫌うハルポンのために俺はここに社車を停めていた。 「……声かけられへんやん」  エンジンも掛けんとタブレットを操作する林さんは、車ン中に居るのにちょっと焦ってる様子なのが伝わってきた。  話しかける雰囲気でない事は確か。   なんや恭也がハルポンに話があるとかで、二人がこっちに来るのは知っとった。  俺はレッスンで抜けんとあかんから、二人とすれ違いになんのが〝除け者〟的でイヤやってんけど、年末の特番まではCROWNのバックダンサーっちゅう肩書きなもんで、名誉ある事やししゃあないと思てる。  唇尖らして一回車まで来たものの、色々あってハルポンの鞄に車のカギを入れてしもてたんに気付いた俺は、まさに林さんと鉢合わせする形になったんや。  そやから、聞き捨てならん言葉を聞いてもうた気がする俺は、開きかけた口を閉じて一般人に紛れた。 「なんで林さんがLilyのスケジュールを……?」  何かに焦ってる林さんは、俺に気付かんかった。 けど俺は別に隠れてたわけやない。 たまたま居合わせて、たまたま死角に居ただけ。  あんな事耳にせんかったら、「林さーん!」て思っきし大声で話しかける気満々やってんで。 「なんの事や……?」  十二月間近では昼間も寒うて、両手をポケットに突っ込んだ。 独り言は極めて小さく。  キーが無いと車動かせへんから、スタジオに戻りがてら林さんの台詞を思い出す。 せやけどセナさんとハルポンの関係を知った時並に、思考が止まった。  だっておかしいやん。  なんで? なんで林さんが、Lilyの出演がどうのこうのって話を受けてるん? 電話の相手はSHDて事なんか?  他事務所の、しかもLilyとは何の関わりも無いETOILEのマネージャーに用があるとは思われへんのやけど。 「あれ、ハルくんのマネージャーさん? どうしたんですか? 忘れもの?」  スタジオに入ると、数分前に「お疲れっす」と声を掛けた編集の女性がウロついてはって、すぐに見つかってしもた。  二十代半ばのイケイケギャルな見た目のこの人は、雑誌編集者やからしゃあないんやろうけど、流行りものに目がない今時の女て感じ。 「そうなんす。 車のカギ忘れてもうて。 アホやわ、俺」 「あははっ、それじゃ運転出来ないじゃないですか~! ハルくんならまださっきの控室に居ますよ。 たった今恭也くんもいらっしゃいました」 「あ、あぁ、そうですか」 「やっぱり二人揃うとドキドキしちゃいますねぇ。 ピンの撮影に相方が激励に来るなんて……ほんとに仲良しなんだなぁ♡ ドキドキしちゃうぅ♡」 「……ドキドキねぇ……」  大興奮のとこ悪いけど、そのドキドキは的外れやで。 ハルポンと恭也が異常に仲良しなんは認めるけど、二人は断じて、世間が認知しかけてるような関係やない。  ハハッと冷めた笑いを返して、左手を上げた。 さいなら、の意味や。 「……にしても、話してる最中やったら悪いなー……」  撮影終わりの恭也が、わざわざここまで来たんや。 電話とかメッセージやと邪魔くさいほどの話がある、いう事やろ。  そんな二人が話し込んでるとこに突撃すんのは気が引ける。 俺かてそんくらいのマナーはある。 「レッスンまで時間あるしな。 少し待つか」  呟いて、裏口からスタジオの外に出た。  そこにはコンビニとかでよう見る丸い筒状の灰皿が置いてあって、微かに煙草の匂いがした。  俺は一度も煙草を吸った事はないが、この不純物まみれの匂いはわりと好き。 スナックで手伝いしてる時を思い出して懐かしくなるからやろな。 「……十分ほどでええか」  通りを歩いてる人らを横目に、時計を確認する。  待ったると決めたはいいけど、気が長ない俺は勝手にタイムリミットを決めて壁に背を付けた。  林さんのアレはどういう事なんやろーと考えつつ、空を見上げる。  周りは三階ほどしかない背の低い建物ばっか。 都会から車で三十分走るだけで下町感があんのは、情緒通り越して寂しなるな。

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