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30♣2

 寂しいと言えば、もいっこ。  俺がハルポンの付き人になって五ヶ月ちょいが経つ。  その間、おかしい、おかしいと思いつつもばあちゃんの事で手一杯やった俺は、ぶっちゃけそこまで気にしてなかった事が今さら謎めいてきた。  新人アイドルの仕事量てのはこんなもんか、くらいに思てた、週に二・三回はあった午前フリーの日。  なぜかデカい歌番の前はそれが増えてた事。  それがあのセナさんのゴシップ以来パタッとなくなって、午後よりも午前に仕事が入るようになった事。  あと未だに謎でしかない本番前のハルポンの逃亡。  歌番の時、本番の前にハルポンは決まって居らんようになる。 マジもんの緊張しぃやって分かってからは、どこかで精神統一でもしてんのやろと思ててんけど……。  ハルポンに聞いてみても、ほっぺた引きつらせながらの〝え~?〟ばっかりで、なんも答えになってへん。  今思えば、セナさんがハルポンを連れ出してたんは、叱り飛ばしてたんやないって分かる。  でも逃亡の理由は別にあるやん。  絶対、何か隠してるやん。  精神統一じゃないとしたら何? 誰に聞いても〝さぁ、知らない〟、〝分からない〟の一点張り。  そんなわけあらへんやろ。  仲間になったからには、俺そろそろ〝除け者〟は寂しいねんけど。 「……事情があんなら言うてくれたらええのに」  とうとう十二月に入った街並みを車内から眺めつつ、さっきからスリープに入ったり起動したりを繰り返してるタブレットを助手席に置いた。  なんや身が入らん。  林さんがSHDと連絡取り合ってる事は、もしかしたら誰も知らん極秘情報かもしれんやん?  人間てのは不思議なもんで、一つ疑問が生まれたら次から次に「あれもおかしい」、「そういえばこれも……」て、今まで気にせんかった事が無性に頭から離れんくなる。  まぁSHDとハルポンは無関係やろし、そこは切り離して唸ってんねんけど。  そうこうしてると、三日前に撮影のあったスタジオからハルポンが出てきた。 スタジオ側の都合で連日の撮りは出来んかったが、ハルポンは今日もそつなくカメラマンの要求に応えてた。  〝やる気スイッチ〟なるもんを持ってるハルポンは、オン・オフを巧みに、瞬時に切り替える。  しかし相変わらず独り(オフ)ん時は無表情で、愛想もクソもない。 「プッ……怒ってんのかい」  一見キレてるんかってくらいムッとして歩いてくる姿は、もう見慣れた。  あぁして素っ気ないツラしといて、実は手のひらに爪の痕が残るほどの握り拳作って自分を守ろうとしてるのを知ってると、よう分からん優越感に浸ってまう。  俺と目が合って、ほんのわずか。  ハルポンはホッとしたように目尻を下げる。  ……そういうとこやで。 「お疲れ様ですっ」  後部座席に乗り込みがてら、真っ先にルームミラー越しにぎこちない笑みをくれる。  これを向けられる人はごく少数。 えらい事に、その中に俺も入った。  優越感、覚えてまうやん。 「……おぅ。 ちゃんとスタッフに挨拶してきたか」 「しましたよっ。 〝来月もよろしくお願いします〟って言いました」 「ウソやん、マジで?」 「えっ!? だ、ダメでしたかっ? 生意気だと思われましたかね……っ?」 「いやそんな事あらへ……」 「うわぁ、最悪だ……! 何こいつ調子に乗ってんだ、次があると思ってんのかって、ねっ……? そりゃそうですよね、俺でもそう思いますもん……!」 「………………」  凄まじいほどのネガティブ発揮してるなぁ。  これがハルポンのデフォルトやし驚きはせんが……誰もそんな事、言うても思てもないやん。  先に車を取りに出た俺が居らん場で、「お疲れ様でした」以外の台詞をハルポンが自発的に言うた事に驚いただけやのに。 「安定やな、ハルポン。 今日も安定しとる」 「あ、安定……っ?」    さっきのはにかみ笑顔はどこ行ったん。 見事に口元引きつってんで。  ほんまに卑屈ネガティブ一直線なハルポンは見とって面白い。  運転中にミラーを確認すると、まだ〝余計な一言〟にオロオロしとるハルポンの顔が見えた。  変わらんといてほしいな。  マジで、ハルポンは業界に染まらんといてほしい。  俺がガキの頃に見た世界は、汚い感情ばっかりが渦巻いとった。  あれは役者だけの特別な悪感かと思えば、Lilyのヒナタちゃんいびりをこの目で見て、オーディションで俺にウソの情報を教えたアイツらとも接して、アーティストの世界も変わらんのやと痛感した。  周りが見えてへん、私利私欲を満たそうとする者が一定数居る世の中。 芸能界はそれが過半数を超えてるかもしらん。  まぁそんなん憶測でしかないけど、そう思わざるを得んし備えは大事や。  そやから俺は、いつでも守れるよう準備しとかなあかん。 つまり、歌番でハルポンがどこに逃亡してんのかを知っておく義務がある。 「なぁ、ちょい早いけど今から晩メシ行くやろ?」 「えっ……? どうしたんですか、急に」 「急ちゃうやん。 セナさんの帰りが遅い日はハルポンの事頼まれてるんよ、俺」 「……過保護だなぁ……」 「セナさんは特に心配性かもしれんな」 「いや、……聖南さんもですけど、ルイさんもかなりですよ」 「なんで?」 「ルイさんが俺と聖南さんのことを知った途端、これですもん。 聖南さんもルイさんも、俺を小っちゃい子だと思ってます? 確かに俺は何も出来ないですけど……」 「……何も出来んとは思わんよ。 でも否定はせん」 「なんでですかっ。 聖南さんはともかく、ルイさんは同い年なのにっ」  よう言うわ。  ほっぺた膨らまして文句言うてくんのはどこの誰やねん。  セナさんからハルポンを預ってる立場の身やけど、こっちは別れ際にいっつも後ろ髪引かれてたんやぞ。  それが何でかって、考えんでも分かる。 「ハルポンて弟感が体から滲み出てるやん? 世間の目も同じやと思うし。 意図してへんなら、それは特な才能やと思うで」 「弟、……!」  膨れたほっぺたが萎んで、今度は目ん玉ひん剥いた。 さも意外とでも言いたそうやが、俺は正直者やから思た事を言うたまで。  とてもやないけどタメとは思われへんハルポンを、皆が可愛がってる理由といったらそれしか思い付かん。  庇護欲をそそるっちゅーか、ほっといたらあかん雰囲気?  可愛い子には旅をさせよ、てことわざあるけど冗談やない。 経験すべき事と、せんでいい事があるやん。  人によって苦労の受け止め方が違うんやから。  俺も皆と一緒の気持ち。  ハルポンにだけは、汚いもんは見せたない。 味わわせたくもないんよ。

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