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30♣3
俺は口がかたい。
そこそこ信頼のおける人間やからこそ、セナさんと親子喧嘩してた社長がなんの関係もない俺にポロッと愚痴こぼしてもうたんと思う。
──いや、そうは言うても。
人には知られたくない秘密の一つや二つあるやんな。
例えば、同情を買いたくなくて、ばあちゃんがヤバいって事を隠してオーディションに参加してたんも俺の秘密のうちに入る。
ハルポンには知られてしもて最期まで頼りきってしもたが、そのばあちゃんのおかげで俺とハルポンの絆がグググッと縮まった気するし……。
秘密の共有てめちゃめちゃ勇気の要る事やけど、心のやらかい部分を見つかってまうと繕う事をせんようになる。
ただし、もしかしたらハルポンは、それをバレたくないから誰にも言うてへん可能性だってゼロやない。
皆が〝知らん〟と言い張るんも、ほんまのほんまの事なんかもしれん。
さて……どうやって逃亡の理由を聞き出すべきか。
ちょっと町外れまで車を走らせた。
牛丼屋のチェーン店の隅っこに陣取った俺とハルポンは、隣同士で並んで座っとる。
「何食いたい?」の問いに間髪入れずに返ってきたんは、「牛丼の特盛!」。
セナさんとの食事ではなかなか来られへんから、来てみたかったそうや。
こういう店はおひとり様でも何もおかしくないけど、もちろんハルポンひとりで来店するなんて、逆立ちで百メートル走り切るより難しい事。
「ご注文をどうぞ」
店員がオーダーを取りに席まで来てくれたんに、マスクと帽子で完全防備のハルポンは即座に深く俯いた。
そして俺に、スッとメニュー表を差し出す。
頼んでくれ……て事らしい。
「牛丼特盛を一つ、大盛りを一つ。 あ〜、ここカレーも美味いけどどうする?」
「…………」
メニュー表を指差すと、顔は全然見えんが帽子が縦に動いた。
ハルポンはかなり特殊な人間で、夜は〝大食い〟になる。 朝も昼もそんな食わんのに、その日の消費エネルギーを夜で全部チャージしようとしよる。
実際に食うてるとこを見てへんヤツは、誰も信じんやろう。
初見では俺も言葉を失った。
「……ん?」
ハルポンは帽子のつばで顔面を隠しつつ、メニュー表の最初のページに戻り〝豚丼〟と〝サラダセット〟を順に指差した。
はいはい、分かりましたよ。
「じゃあ……カレー大盛りのチーズトッピング一つ、豚丼とサラダセットも追加で」
「……え? お連れ様が来られるんですか?」
「いや来んよ」
「ではお持ち帰りで?」
「ちゃうって。 なんや、二人でこない頼むんはそんなにおかしいか? 牛丼もカレーも豚丼もサラダも楽しみたいねん。 それは客の自由やろ? 俺らはそこら辺のマナー違反な連中とちゃうから、文句言わせへんほどぜーんぶ平らげるで。 ええから今注文したん出来た順にちゃっちゃと運んでくれるか」
「か、かしこまりました! 少々お待ちください!」
……まくし立ててすまんな、バイトの兄ちゃん。
慌てて厨房に引っ込んでいったが、それは当然の反応やと思う。
ハルポンは牛丼特盛とカレーだけじゃ足らんかってん。 しゃあない。
厨房で物音がし始めたのを確認してから、ハルポンに耳打ちする。
「一応聞くけど、あんな食えんの?」
「食べますよ。 お腹ペコペコなんで。 へへっ、楽しみ」
「そうか」
マスク越しにかわいく笑ってるのはいいが、ほんまに食えるんか? てか、こんな細っこい体のどこに入ってくんやろ……?
晩メシはもう何度も一緒に食うてるけど、絶句するほどの怒涛の大食いはまだ一回しか見た事無い。
まさかのチェーン店での夕飯とは思わんで、少々込み入った話をしよと思てた俺は出鼻を挫かれた。
「へぇ……お持ち帰り出来るんだ。 聖南さん牛丼食べるかなぁ」
呟いたハルポンが、早速スマホを取り出してセナさんにメッセージを打ち始めた。
こういうとこを見ると、ほんまに二人は一緒に住んでるんやなぁと現実を見せ付けられてる気がする。
すぐに返事がきたんか、ハルポンの目が細なった。
……ええなぁ。 カップルうらやまやん。
「セナさんって普段何食べてんの?」
「普段? うーん……コーヒー……?」
「それ食いもんちゃう」
「ふふっ。 俺と食べる時は普通ですよ。 こだわり無く何でもって感じです。 でもあんまり食べる方じゃないですね」
「……ハルポンがようけ食うだけやろ? セナさんはノーマルやと思う」
「えぇっ? 失礼なっ。 俺は人より少しいっぱい食べるだけだって何回も言ってるじゃないですか」
「少しの基準がおかしいで。 感覚狂ってもうてんのよ」
「狂ってませんよっ」
なんでこれを毎回言い張るんやろか……。
丼物二つ(しかも特盛)とカレーとサラダ、ついでに味噌汁も二つ食べきるなんて常人には無理な話やのに。
おひとり様で徐々に込み出す店内を見回してみるも、マスク姿のハルポンに気付いてる人は居らんようで良かった。
これから怒涛の大食いが始まったら、注目集めそうで心配やけど……。
「あ、聖南さんが牛丼食べたいって」
「ほんま? じゃ持ち帰り頼むか」
「はいっ」
周りに聞こえんよう小声ではしゃぐハルポンは、まるで弟みたいやった。
兄弟どころか親も居らんから分からんし、ここまで腹割って話せる親しい友達も作ってこんかった俺は、ハルポンと接するうちに自分が丸くなってきたんが嫌でも分かる。
「ここに来たいとか言い出しそうやな、セナさん」
「よく分かりましたね。 メッセージで言ってきましたよ。 〝俺もそっち行きたい〟って」
「その後はどうせ、〝早く会いたい〟て書いてんのやろ?」
「なっ……!?」
「図星か」
「……〜〜っっ」
「ハルポン分かりやすー」
揶揄って笑ってやると、ほっぺた膨らましてめちゃめちゃいい反応するハルポンが悪いんやで。
今も信じられん驚愕のカップルやけど、幸せそうで何よりや。 ほんま羨ましい。
逃亡の理由なんかどうでもええかって気になってくる。 知りたいのは山々やけど。
あんまり問い詰めるような真似はしたないし、ハルポンを困らせたいわけちゃうから俺もどう切り出したらいいか分からんかった。
でもな、ハルポンが俺の秘密を無理強いせんかったように、俺もハルポンの意思を尊重するんがほんまの仲間かなと……思い直した。
隣で黙々とメシを食らう、紛れもなく男やのに女顔のかわいい新人アイドルの横顔に見惚れながら。
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